再生の刻-11
「いいわ。話して…」
「そうかい」
男はそう云うと、ふた口目をすすり、
「あの話の中で、夫が突然店に出なくなった部分のことだ…」
そう前置きして話をはじめた。
──夫が店に出なくなったのは、他に女が出来たわけではなかったんだ。
彼はある日、背中に強い鈍痛を感じた。
そしてそれが、何週間も続いていたんだ。
不思議に思い、男は病院で検査してもらったのさ。
「それで?」
カウンター越しに見つめる瞳は、冷静を装う。
男の顔からは笑みが消えていた。
「男は肝臓ガンの末期だったんだ。余命3ヶ月と診断された」
「えっ…?」
大きく見開いた目。一拍おいて、ひざがガクガクと揺れだした。
「彼は遺される妻に、なんとか多くの物を残こしてやりたいと奔走していたのさ…」
男の声が止んだ。哀しげな目で、窓の外に見える湖に視線を移した。
「…う…うう…あ…」
少女はひざから崩れ落ちた。うなだれたまま滂沱する姿は、哀れに見えた。
「…わたし…な、なんてことを…」
犯した罪の大きさ。信じ切れなかった幼さ。今、すべてを知らされて彼女の中にはただ、自分の愚かさを悔いた。
「…まだ続きがある」
「…こ、これ以上…何が…」
優しげな声に、嗚咽をこらえて顔をあげた。
男は席を立ち、カウンターの向こうに回った。
「…私は、なんとも思っていない。それより…辛かったろう」
「ぐッ…う、ああああッ!」
少女は啼きながら男の胸に飛び込んだ。
「…また一緒だ。一緒だよ」
慟哭が続く中、男の手が少女を強く抱きしめた。
生まれ変わって通じ合えた互いの心。ようやく少女の孤独は終わりを告げた。
ウッドデッキに置かれた──真実の花─も、優しく微笑んでいるようだ。
ここは静かな湖の畔に立つ喫茶店。周りを森に囲まれた、誰も来ない場所。
いま再び、2人の時を刻もうとしている。
…「再生の刻」完…