光の風 〈国王篇〉前編-8
「ぼろぼろの状態の国を捨て王は去った。今まで王様、雷神様と敬っていた人物は貴重な戦力をつれて簡単に姿を消してしまいました。民はいつまた来るやも知れない襲撃に怯える。もう守ってくれるカルサ・トルナスはいない。絶望だ。」
サルスの言葉を二人は黙って聞いていた。少しずつ近寄ってくるサルスから目を離さない。いや、離せない。
「お前の正義など、残された者にとってはそんなものだ。」
それでもカルサは口を開かなかった。睨み合いが続く。少しの物音でも反響する武器庫では、布が擦れる音、口元で笑うことさえ響きそうだった。鼻で笑うサルスの息も嫌味なほど響く。
「この国、もしお前が潰さなかったとしても。オレが潰す事になるな。」
そう吐き捨て、サルスは貴未を避けるようにしてカルサの横を擦り抜け武器庫から出ていった。
反射的に追いかけようとした貴未の腕はカルサに掴まれていた。カルサはサルスと向き合った態勢のまま、何の言葉も発せず黙っている。
「カルサ。」
カルサは何も応えなかった。変わらない表情、胸の奥でいったい何を思っているのだろう。貴未に伝わるのは掴まれたままの腕に感じる、カルサの体温と鼓動だけだった。
サルスの態度や口調など、今までからは予想できなかった彼の一面を見て貴未は少し戸惑っていた。ふとした瞬間に見せた鋭利な刃物のような目付き、普段の比較的穏やかなサルスからは考えにくい姿だった。
あれは彼自身の一面なのか、それとも。
サルスが去っていった出入口を見つめた。もうそこには人影もない。カルサもまったく動く気配を見せなかった。
「行こうか、カルサ。」
いたわりに近い声がカルサに触れる。貴未を掴んでいた彼の手はゆっくりと力なく離れていった。
「ああ、そうだな。」
この言葉が出るまでどれ位の時間がかかっただろう。ようやく口に出来た声は寂しいくらいに低く静かな声だった。
いつもより足が軽い。
サルスは微かな笑みを浮かべながら一人廊下を歩いていた。人通りの少ない物静かな空間は、まるで彼自身が作り出したかのようにサルスを包み込む。
ふいに足元がふらつき、体勢を大きく崩した。支えを求め無意識に壁に寄り掛かる。
しばらくサルスは動かなかった。
やがて小さな笑い声が響き、彼の肩が震えだした。ゆっくりと壁に体重を掛けたまま体勢を変え、背中を壁に預けた。
本当なら座り込んでしまいたい気持ちを堪え、彼は立っている。窓の向こうに広がる空は、うっすらと雲がかかり青空とは言えない。そういえば最近この国では真っ青な空を見ていないような気がする。
「人は変わる、国も変わる、か。」
擦れた声で呟いた言葉は、まるで景色に溶け込むように消えていった。力の無い表情、きっともたれかかる壁がなければ立つ事も出来ないだろう。