光の風 〈国王篇〉前編-11
「いや、気を遣わせて悪かった。」
思いがけない言葉、兵士はゆっくりと顔を上げ様子を伺った。
「どうかしたか？」
「い、いえ！」
いつものサルスだった。さっかまでの刺々しい雰囲気はない、それが分かると自然と安堵の笑みが浮かんだ。
「ところで元患者はどうしてる？まさか皆持ち場復帰している訳じゃないだろうな。」
「はっ！それぞれの部屋で休ませております。」
「ナタルもか？あの女性はどうした？」
「ナタル様は第１救護室に。あの女性は陛下が連れていかれました。」
カルサが、そう呟いた後に納得の言葉をもらした。様々な感情が彼の中で交差する。まるで思いを断ち切るようにサルスは歩き出し、そのまま救護室を後にした。
勢い良く歩き出したのも束の間、速度は衰え次第に足が止まってしまった。
また意識が深い闇にのまれそうになる。孤独なのだ。少しずつ確実に自分を作り上げていた物が失われていく。家族も、仲間も、意識でさえも確かな手綱がない。掴んで立ち上がる支えが無いから、ただ落ちていくしかないのだ。
もう自力で動く事もままならなくなりそうな、奮い立たせた気持ちが萎えていくのが分かった。
しかし。
「サルスパペルト様、いかがされました？」
女官の声も小さく、遠くの方から聞こえているように感じる。おそらく立ったまま動かないサルスを心配して声をかけたのだろう。
「いや、何でもない。」
小さく応えるとサルスは吸い寄せられるように歩き出した。どこに行くのか、この先どうするのかなんて考える訳でもなく無心で、ただ本能で歩いていた。
階段を上り向かう先は第１会議室、ここは王族のみが使用することが出来る場所だった。何度となくカルサと二人で話し合った場所。
どこよりも広く、立派な造り。なにより窓からは城内が見渡せ、風に優雅になびく国旗が目の前に見える特等席だった。
辿り着いたサルスは後ろ手に扉を閉め窓辺に向かって歩きだした。今日もまたいい風が吹いているらしい。力強く国旗が揺れていた。しがみつくように窓に手をあて、その目に国旗を焼き付ける。
鮮やかな青をベースとした龍の翼をなぞらえたシンボルが真ん中にあり、それを囲うように木々や風、水を思わせる模様が描かれている。金色の旗は国のシンボル、強く気高い龍のような王が治める自然豊かな国。それこそが我が国。
「シードゥルサ、オレ達の国だ。」
気付けばサルスの目からは涙が溢れていた。今まで押さえていたものが一気に溢れてきたのだろう、拭っても拭っても止まる事を知らない。
いつからこんなに淋しくなったのだろう。衝動的に救護室に向かったのはレプリカに会いたかったから。あの襲撃の時、サルスはほとんど意識がなかった。彼女に名を呼ばれ、我に返った時にはすでにレプリカは血にまみれていた。