香-2
あ、そういえば暫くお香の香り、嗅いでない…。
もうあの匂いに触れることも無くなるのかな…。
仕事中にそんな想いに耽っていると、声を掛けられた。
「丁(ひのと)さん、お疲れ」
「あっ、神谷さん。お疲れ様です」
神谷さんは仕事場の先輩。
丁寧に指導してくれるし優しいんだけど、義斗と違ってダサいし下心が見え見えで苦手。
彼と喧嘩したって話をしてから特にしつこいんだよなー…。
「丁さんさ、今日仕事の後メシでもどうかな?」
「えっ…あーっ…」
ヤバイ…今日は断る理由が無い…
「そんなに時間は取らせないし、どう?」
「あーっ…じゃあ軽くなら…」
「よしっ。じゃあ7時に会社ロビーで」
「はい…」
定時に仕事は終わって、先に待っていた神谷さんと合流。
「ここからちょっと歩いちゃうんだけど、美味しいパスタのお店見付けたから」
との一言で、そこまで歩いて行くことに。
その間の会話といえば、神谷さんの会社の愚痴や、セクハラまがいの質問、よくわからない内容の自慢話など。
全く、少しも面白くない。
義斗の方が万倍面白いし。
って、細かいところで義斗と比べちゃってる辺り、やっぱりまだ心の中には義斗がいるんだけど…。
「丁さん、聞いてる?」
「えっ…あぁ、はい…」
実際、一つも耳に入ってないけど…。