『Summer Night's Dream』その1-1
絶対にやめた方がいいと、誰かが言っていた。
だからこそ、やる意味があるのだと自分に言い聞かせていた。
バイトからの帰り道、件の噂の幽霊を激写する為に日向陽介は学校へと向かった。
夏休みの最後の夜は、夜空に深くそびえ立つ月が赤々と煌めいていた。
時刻は8時32分。
なぜこの時間にしたかというと、家の門限に間に合わなくなってしまうからだ。
近くのバス停で降りて、私物がたっぷり入った通学カバンを肩に下げて、学校までの道を戻った。
東側の通用門を開く。
中庭を足早に突っ切って、目指すは旧校舎の三階。
横手の非常階段を忍者の様に登る。誰に見られてるわけではない。だが、行動は迅速に。この辺りは住宅地が多いため万が一見つかって警察にでも通報されたら終わりだ。
さながらスパイ映画の主人公になった気分で、陽介は夏の夜の下、闇に紛れるように歩いた。
鉄筋の非常階段の踊り場で、パンパンに膨らんだ通学カバンを下ろす。ジッパーを開けて中から、今日部長に渡された勝手口の鍵を取り上げた。
学校に忍び込むのならコレを、と彼から渡された物だ。入手経路を聞こうと思ったが怖くなったのでやめた。
今時の古めかしい南京錠を外して中に入る。
夜の学校は真っ暗で、昼間の喧騒が嘘のような静けさに満ちていた。築半世紀の木造三階建てともなれば尚更だ。どことなく寒々しい風が流れている。微かに揺れる蛍光灯だけが動き、不気味な雰囲気を演出していた。
先ほど鍵と一緒に取り出したデジカメでパチリ。
目的の場所はここではないが、念の為。
廊下を真っ直ぐに進み突き当たりの資料室が見えてきた。
慎重に歩を進める。
半分はビビっている。
ありったけの勇気を振り絞り、陽介は噂の扉の前に行き着いた。
旧校舎の資料室。
図書室に入りきらなかった蔵書とか、古い教材のビデオが所狭しと置かれている。
何でも戦前の貴重な映像記録まで残っているらしく、生徒以外の人間が出入りするのも珍しくない。
逆に言えば一般的な生徒には殆ど縁のない場所だ。
陽介もここに入るのは初めての経験だった。
息を慣らして静かに扉を開く。かろうじて見分けられる机の輪郭をたどって、埃の匂いがする暗闇を手探りで進んだ。
いつでもシャッターを切れるようにデジカメを構えたままで。部屋の中を一通り回って、間違い探しをしてるような感覚で、そこにないはずの異変を探した。
聞こえてくるのは相変わらずのすきま風と、陽介の息遣いだけだ。
窓の前まで歩いて、一列に並ぶ棚の上に腰を下ろす。
異常なし。
むしろ怪しいのは、こんな時間にのこのことやってきた陽介の方ではないか。
――まあ、いつも通りのことだけど。
部長の仕入れてくるネタは、大体八割くらいはガセであることが多い為、陽介はこういう結果には慣れている。
残りの二割は、飛び火がついてでかくなりすぎた誇大妄想だ。
夜の公園に出没する落ち武者は、竹刀片手に徘徊する酔っ払いのオヤジだったり、赤ちゃんの鳴き声がするという駐車場の奇談は、盛りのついた猫の交尾だったり。
さしずめ今回は、偶然に開いていた窓際のカーテンが風を孕んで人の影に見えたとかそんなオチだろう。
推理小説のトリックがあっさり解けてしまった時のような虚しさに、胃がきゅうっとなった。
無性に腹が減った。
早く家に帰って何か食べようと思った。