『Summer Night's Dream』その1-7
水嶋が袋を開けて、次の惣菜パンに手をかけて、思い立ったように、
「日向、お前今日の放課後は空いてるのか?」
陽介は背中に冷たい汗を感じ、急いで断ろうとしたが、遅かった。
「調べてこい。その女子生徒のケツの穴までな」
変態まがいのことを言い残し、水嶋は余ったパンにかぶりついた。
言われた手前、たとえ嫌な仕事でもやらなきゃならないのが下の者の宿命だった。
ひとり個室にこもった陽介は、そこで五分ほど悩んでから外に出た。
教室に戻って、まず陽介は窓際の一番前の席を見た。
いた。
今日は珍しく登校している。
ボサボサの髪に似合わない黒縁メガネの視線が、両手に広げた本の頭上を、右へと左へと忙しなく動いていた。
何を読んでいるかは分かっている。
たぶんマンガだ。
確かめなくても分かる。
加藤孝文が学校に持ち込むのは、エロ本とジャンプだけだ。
「おい、幽霊部員」
後ろから頭をひっぱたいてやる。
「いってーな、誰だよ」
孝文が姿勢を崩して振り返った所を見計らって、ひょいと雑誌を取り上げてやった。
「学校にジャンプ持ってくるなよ、っていつも担任に言われてるだろ。これは没収な」
「ふざけんなっ!返せ!」
追ってくる手をひょいとかわし、後ろの席に着地する。夏休みで孝文がいなかった為、もう4週も見逃してしまったのだ。
孝文のせいで。
「なあ、僕に何か言うことないか?」
パラパラとページを捲り、お目当てのマンガを探しながら、陽介はそう言った。
孝文が間の抜けた「は?」という声をもらす。
「ところで孝文は、夏休みどこ行ってたんだ?」
質問を変えてやる。
孝文はますますわけがわからないという顔をして、
「旅行だよ、家族揃ってグアムに行ってきた。一週間ほど」
ムカついた。2、3発殴っとこうかと思ったが、陽介は耐えた。代わりに、
「その間、僕らは何をしていたんだろうなぁ?」
しかめっ面で後ろを振り向いていた孝文の表情が変わった。
地雷を思いっきり踏んづけた事に気が付いたのだ。
何を隠そう、この男。人がカメラ一つ抱えてオッサンやら猫やら追いかけ回してる時に、南の島で遊び呆けていたと言うのだ。ちょっと信じられない。