想-white&black-H-5
部屋に着いてから扉を閉めると、そのまま足の力が抜けたみたいにその場に座り込んでしまっていた。
「楓さんの、婚約者……か。ああいう人が楓さんに相応しいんだよね」
顔までしっかり見ることはできなかったが、遠目からでも綺麗な人だと分かる。
花菱銀行と言えば大手中の大手銀行だ。
その頭取の娘となれば繋がりも深くなるだろうし、何かと力になるだろう。
何も持たない私とは比べ物にもならない。
ふと壁に掛けられた時計が目に入る。
針は午後九時を指そうとしているところだった。
今頃二人は一体何を話しているんだろう。
もしかして泊まっていったりするんだろうか。
考えたくない姿を想像しそうになり、頭を激しく横に振って打ち消そうと躍起になる。
胸に広がる不安の原因も本当は分かっているくせに認めたくはない。
それなのにはっきりと捨て去ることもできないでいる自分が情けなくて滑稽に見えた。
目の奥がツキンと痛む。
溢れ出しそうになるものが許容範囲を超えそうになった時、鞄の中に入れてあった携帯がマナーモードのまま鳴っている音が聞こえてきた。
誰かと話す気分にはなれなかったが、とりあえず出ることにして鞄の中から携帯を取り出して画面を見ると知らない番号からだった。
覚えのない番号を訝しく思い首を傾げつつ、通話ボタンを押してみた。
「……もしもし?」
『あ、花音?』
耳に聞こえてきたのは低く、どこか甘さのある男の人の声。
微かに聞き覚えがあるような気がするが思い出せない。
だが向こうはこちらを知っているようだ。
「あの……、どちら様ですか?」
『あー、俺、麻斗だけど。これ花音の番号に間違いないよね?』
「え、麻斗さん!?」
かけてきた人の正体は麻斗さんだった。
だから聞き覚えのある声だったのか。
しかしどうして私の携帯の番号を麻斗さんが知っているのだろう。