男性には向かない職業-8
「……流産だって、辛いです」
でも私は、結果を認められなくて口を尖らせる。
膝をぎゅっと抱える。想像した流産の痛みに、耐えきれなくなりそうだ。
「そうだな。お前の言うとおりだ」
先輩は苦笑いを浮かべた。
「何年間か助産師やってると、色んな事が起こる。私が知ってるやつで『赤ん坊が動かなくなった、おかしい』って言ってきた女性がいてね。案の定、エコーで測定してみると、赤ん坊の心臓が止まってたんだ。けど、医者はすぐに判断しなかった。あれは、心の準備をして貰うためだったのかもねぇ」
先輩は私の近くに腰を下ろし、一口ビールを運んだ。
「次の日に入院する準備をしてもう一度来てくださいって、家に帰したんだ。もちろん、次の日にエコー測定しても結果は変らず。その女性に事情を話して、分娩することになった。
……陣痛促進剤と点滴をがんがん打ってね。既に死んでいる赤ん坊を産むってどういう気持ちなんだろうな。母親は、赤ん坊が生きて出てくるって思うから、がんばれる。陣痛にも耐えられる。……見ていて、すごく辛いお産だったよ」
先輩の目にみるみる涙が溜まっていく。
既に死んでいる赤ちゃんを産む苦しみ。
そうか……。痛みがあるから、だから山本先生は自然流産の選択肢をあの少女に与えなかったんだ。
「それにしても、今日のはちょっと堪えたわ。まさか、あの赤ん坊が泣くとは思ってもみなかったからね。口から心臓が飛び出るかと思った」
そう言うと先輩は笑った。神経痛のように目元も口元も引きつっていた。
「……それなのに、よく咄嗟に赤ちゃんの口を押さえられましたね」
私は責めるように言った。
「そう……だな」
先輩が上を向いて一気にビールを煽る。彼女の目の端から涙がこぼれ落ちて、口を袖で拭うと同時に一緒に拭った。
しかし次の瞬間、彼女の表情は指導者のそれに変った。
「私たちは、何の為に助産師をやってると思う?」
「……それは、産れてくる赤ちゃん、新しい命の手助けをする為です」
「それも一理ある。けど、母親の命を守る職業でもある。赤ん坊が出てくるのを手助けすると同時に、母親の命を守らなくちゃいけない。だから、手術室でのお前の態度は助産師失格だ。気を失って、これから胎盤が排出されるっていうのに、頭に血上らせて我を失って。胎盤が排出される時、不正出血があれば母親の命だって危ないんだ」
「…………」
「だから、手術室から追い出した。頭、少しは冷えたか?」
「……すみませんでした」と謝って、私は強く唇を噛んだ。
赤ちゃんの命、母親の命を預かっている手術室で、我を忘れた自分が情けない。
「なぁ……お前はどうして、この助産師って職種に男性がいないと思う?」
「……性器を見られるのが嫌だから」
「バカタレ」と先輩はゲンコツで私の頭を殴った。
「それじゃ産婦人科の医者は全て女性になるだろ」
「あ……そっか」
先輩が缶ビールをテーブルに置いて立ち上がった。
「先輩、答えは何ですか?」
私の問いにしかし、先輩は答えてはくれなかった。
「そろそろ引き継ぎの時間だ。お前も、最後までしっかり見てやれ」
……見てやれ?
私も缶ビールをテーブルの上に置き、ナースシューズを履いた。
休憩室を出ると、外から患者さんが覗いても見えない位置にある、引き継ぎやミーティングを行うテーブルの上が片付けられ、白い箱が置かれていた。
「……あ」
「お前もわかってる通り、あの子はこれから『廃棄物』として処理される。親に死に顔を見せることはできない。遺骨も渡せない」
人間なのに、廃棄物。私は血が出るほど強く唇を噛みしめた。