想-white&black-G-4
「か、楓さん……」
名前を口にするも反応はない。
こちらに背を向けたままの楓さんからはその身を冷気が纏っているようだった。
ようやくこちらに振り向いた楓さんの双眸はいつもの澄んだヘイゼル色ではなく、どこか錆び付いた色をしていた。
その目で私を無表情のまま見下ろしている。
「どうやら契約を忘れているようだな」
抑揚のない、まるで無関心にすら聞こえる声。
それが身体の内側をざわりと撫でていく。
「わ、忘れた訳じゃ……。ただ麻斗さんは私の様子を気にかけてくれただけで……」
その言葉が逆に気に障ったのか、楓さんは私の前にしゃがむと長い指で顎をすくい上げた。
冷たい指、冷たい視線。
楓さんを取り巻く全てが熱を持っていなかった。
それでいて圧迫されるような恐怖心が蘇ってくる。
「お前がここにいる理由は俺の欲望を満たすことだ。他の仕事は優秀な側近達がやってくれる。俺以外の男に愛想を振り撒くことを許した覚えはないんだかな」
耳にした言葉に息が止まった。
自分の存在理由がこんなにも空っぽな、屈辱的なものだったなんて。
一気に抉られた所からじわじわと鈍い痛みが全身を侵食していく。
「……それじゃ、最初からそのつもりで私を引き取ったの?」
ようやく口から出た言葉は掠れてしまっていた。
「他にお前に何ができるんだ?」
愕然とした。
あれだけの目に合っておきながら、私は未だにどこかで楓さんはそんな人じゃないかもしれないなんて思っていたのだから。
「まあ、最初からあんなに手荒な真似をするつもりはなかったが。仕方ないだろう」
唇に冷笑を張りつけ、蔑むような目で私を見る。
「わ……私が一体何をしたって言うんですか。そんな女が欲しいなら別の人だっていいじゃない。何で、何で私なの……っ」
そんな言葉を口にしている自分が愚かしい。
まだ心のどこかで、『私』でなくてはならなかった『特別な理由』を求めている。
そんな私に楓さんは熱を帯びない冷たい唇で口付け、こう言った。
「お前は俺に飼われたんだ。その身体も心も髪の毛一筋から爪先まで、命すら俺のモノだってことを忘れるな。他の男に触れさせる事は認めない」
「そん、な……っ」
言っていることはむちゃくちゃで一方的だ。
彼の心の中にあるのは独占欲だけで、そこに愛情はない。
玩具を取られそうになったからそれが気に入らなかったというだけ。