想-white&black-G-3
確実に来ると思われた痛みが予想に反してなかなか来ないことに、恐る恐る目を開けてみると振り上げられた手は麻斗さんによって止められていた。
無言のまま視線をぶつけ合う二人に息を呑む。
「花音に当たるなよ。呼び出して付き合わせたのは俺だぜ?」
麻斗さんの静かな声が楓さんを諫める。
そして楓さんはその言葉にぴくりとこめかみをひきつらせた。
「以前お前に言ったはずだ。こいつは俺のものだと。勝手に連れ回すのはやめてもらおうか」
感情を押し殺した低い声が楓さんの怒りを如実に表しているようだった。
「お前は後だと言わなかったか? 花音、帰るぞ」
ぞくりとするほど鋭い眼差しで有無を言わさず切り捨てると、麻斗さんが何か言いたげな表情を浮かべた。
だがそれに構うことなく楓さんは私を引っ張って建物を出ていってしまった。
引っ張られながら後ろを振り返ると、麻斗さんが心配そうな眼差しでこちらを見つめているのが目に入る。
(麻斗さん……)
さっき楓さんに殴られそうになった時助けてくれた。
いつも明るくて優しくて、何かと気にかけてくれて。
まだ二人きりでいるのは慣れないが話していると気付けば笑えているような気がする。
そんな彼が本気ともとれる言動を見せたことが、私の混乱を更に深めていく。
自惚れた考えを否定しながらも締め付けられるような痛みを感じながら、私は楓さんの後をついて行くしかなかった。
門で待ち構えていた車に半ば押し込められるようにして乗せられると、車はすぐに走り出す。
運転しているのは多分一樹さんだろうが、こちらと運転席とは仕切りがあるため顔は見えない。
隣に座る楓さんはあれから一言も口を開かず黙ったままで、視線すら合わせようとしてこなかった。
長い脚を組みながらスモークの貼られた窓の外をただじっと眺めたままだ。
私も俯いたまま顔を上げれずにいる。
何と声をかけていいか思いつかなかったし、逆に何を言っても今は聞いてもらえないような気がしたせいもあった。
重い空気とひたすら長く感じる沈黙の時間が早く過ぎることをただ祈るしかなかった。
屋敷に着いてからも楓さんは私の手首を無言で掴んだまま、出迎えにきた理人さんや双子達にも声をかけず自室へと足を進めていく。
やがて部屋の扉が開かれると私は放り投げられるようにして中へ入れられ、そして楓さんは内側から鍵をかけてしまった。