背徳の時間〔とき〕B 前編-2
この湯宿は、地のものをふんだんにあしらった心尽くしの料理と、乳白色のかけ流しの湯が評判の隠れ家的な宿である。
真由花は一目見てこの宿を気に入った。
和気と自分が訪れるには、きらびやかな装飾を施した、観光地のホテルは似つかわしくない気がした。
きっとその場所では、夫婦でも兄弟でもないひとまわり以上も年の離れた2人が、回りの人達には不釣り合いな他人の関係に映ったことだろう。
和気がこの宿を選んでくれた心遣いが、真由花は嬉しかった。
宿内にふんだんに使われている檜の香りを心地よく吸い込みながら、路地風に造りこまれた砂利敷きの路を、部屋へと案内する仲居のあとに続いて進んだ。
和気と2人、部屋に通された真由花は、ふた間続きのゆうに20畳はあろうかという、広い空間に目を見張った。
深いうぐいす色の畳と、純白の漆喰の壁、濃い焦茶色の天井のコントラストが印象的な、和風モダンのセンスのよい空間に、真由花は瞳を輝かせた。
そして、畳の香りが清々しいその部屋で、長旅の疲れを癒すために一息付いていたときだった。
『真由花、ここで朝を迎えよう。』
和気からそう告げられた。
真由花は口にこそしなかったが、和気が帰ったあとの1人きりの部屋で、和気と迎える朝を夢見てどれだけの涙を流してきたことだろう。
真由花は、こみ上げてくる嬉しい涙を止められないまま、和気の胸に頭を預け声をあげて泣いた。
和気は真由花の泣きじゃくる姿を目にして、今までの自分との関係で、どれだけ真由花を傷つけ、辛さを強いてきたのか…と、胸の潰れる思いがした。
『真由花、湯加減はどう?』
バスタオルを腰に巻いた和気が、露天の湯に遅れて姿を見せた。