『動物園にて』-3
男はにっこりとわらっていいました。
「いままではね」
男は言いました。
「これからはぼくが友だちだ、だからもうきみはひとりじゃない」
ねこは口だけでにやりと笑いました。
ねこは「ほんとうに?」とはききませんでした。
ねこはうそがわかるのです。
だからねこはほんとがわかるのです。
ねこと男はふたりでいろいろなところに行きました。
男はねこのことを「ねこさん」とよび、
ねこは男のことを「じいさん」とよびました。
男の家で、ねこと男はながいじかんをすごしました。
ねこは男にかわれていたわけじゃありません。
ねこと男はただ友だちだったのです。
男は男でじぶんのために本を読んで、
ねこはねこでじぶんのためにねずみをつかまえてあそびました。
そしてときどきおはなしをしました。
「いつもつくりばなしばかりよんでたのしいかい?」
本ばかり読んでいる男にねこは聞きました。
「つくりばなしだからたのしいのさ」
「そんなものかね?」
「そんなものさ」
「つくりばなしがすきなんだな?」
「ねこさん、きみのこともすきだよ。まるでつくりばなしみたいだからね」
「どういういみだい?」
「きみは、じぶんかってだけどやさしい」
ねこは男といるとしつもんのかずがへりました。
男はしょうじきにこたえるので「ほんとうに?」と聞くかずがすくなくてすむのです。
どれくらいのじかん、男とねこは友だちでいたのでしょうか。
でも、おわかれの日がきてしまいます。
男はこれいじょうながく生きるにはもうすでにずいぶんじかんをつかいすぎていました。
「ねえ、じいさん」
ねこはベッドからめっきりでてこなくなった男にむかって聞きます
「じいさんはもうすぐしんでしまうのかい?」
男はおだやかなかおでこたえます
「そうだな」
ねこはかなしくなりました。
「ほんとうに?」と聞けませんでした。ねこはうそがわかるのです。
ついにそのときがこようというとき、
かおのないねこは、男にかたりかけます。
かおのないねこは、ほんとうはそのしつもんはしたくありませんでした。
「ねえじいさん、いままでしあわせだったかい?」
男は、やさしくわらって言いました。
「しあわせだったよ」
かおのないねこは、かなしくなりました。
「ほんとうに?」
「ほんとうさ」
男は言いました。
「ほんとうに?」
かおのないねこは、もうききたくありませんでした。
でもしつもんしかできないのです。かおのないねこの口はそういうふうにできているのです。
男はしつもんにこたえずに、ただねこにわらいかけました。
それから男は目をとじました。
かおのないねこは、なんども男にかたりかけました。