『動物園にて』-2
「ねえ」
理穂はライオンも黒ヒョウも僕も見ずに、理穂の前方に浮かんでいる何もない空間を見ながら、僕に語りかける。
「『かおのないねこ』って覚えてる?」
「懐かしいね。昔書いた絵本だ」
「そう。ユウくんが文を書いて、私が絵を描いた」
「昔々かもしれないし、つい最近かもしれない。遠い国かもしれないし、近所かもしれない」
僕はかつて自分が書いた物語の冒頭を暗唱してみせる。
「良く覚えてるね」
良く覚えてるさ、この物語は僕にとってはそれなりに重要な思い出なんだ。
「全部覚えてる?」
「大体覚えてるよ」
『かおのないねこ』
むかしむかしかもしれないし、ついさいきんかもしれない。
とおい国かもしれないし、ちかいところかもしれない。
とある町に「かおのないねこ」というねこがいました。
かおのないねこは、だれにもかわれていません。
だってそう。
だれだって、かおのないねこよりも、かおのあるねこをかいたがるから。
かおのないねこのかおには、口だけがついています。
かおのないねこは、その口でいろいろな人にいろいろなことをしつもんします。
たとえばさかなやに。
「ここのさかなはおいしいかい?」
さかなやは、むっとしてこたえます。
「おいしいよ。おいしくないはずがないだろう」
かおのないねこはいいます。
「ほんとうに?」
「ほんとうだよ」
さかなやはおこって言います。
かおのないねこはまた聞きます。
「ほんとうに?」
「ほんとうに?」
なんども聞きます。
かおのないねこは、うそがわかるのです。
でもかおのないねこにはしつもんしかできません。かおのないねこの口はそういうふうにできているのです。
だから、かおのないねこはうそをついている人には
「ほんとうに?」
とただなんどもかたりかけるのです。
だから、かおのないねこは町中の人からきらわれていました。
たいていの人は、かおのないねこにしつもんされると、
なんどもなんども「ほんとうに?」と聞かれることになったからです。
町の人は、うそつきばかりというわけではありません。
でも、だれだってほんとうのことだけをはなすわけじゃありません。
かおのないねこは、町の人が、どうしたってうそでかえさなくちゃならないしつもんばかりをするのです。
そんなきらわれもののねこでしたが、
ある日友だちができました。
それはとしをとった男でした。
「きみはひとりなのかな?」
ねこはいろんな人にしつもんしますが、
ねこがしつもんされたのははじめてでした。
「ぼくはひとりだろう?」
ねこはしつもんしかできないのでそうこたえました。