未タイトル-1
「この歳で、恋愛ごっこかよ。……畜生」
あーぁ、と溜め息をつく。よりによって生徒に惚れるとは…、馬鹿だ───俺。化学室は誰もいないので、机に足を投げ体を伸ばす。グギッ、と軋む音がした。俺も歳だ───。
カラカラと軽めのオノマトペを耳に残しながら、ドアから金髪を覗かせる男。男は俺の顔を見て、にんまりと笑った。
「やぁ、何かお困りのようだねぇ──先生?」
「……って、お前も教師だろうが」
間発入れず、ツッコミを入れる。我ながら、関西人顔負けのいいツッコミだと思う。
「でも、実際困ってるじゃん?」
と言いつつも、笑う同僚。こいつは、本当にどこまでが本気なのかさっぱり読めない。俺は、はおっていた白衣のポケットをあさる。そして、タバコとライターを取り出した。
「ぼくはねぇ、君を心配してやってんの」
「心配───か」
金髪の同僚、俺より見た目が不良の佐竹は側にあった椅子を引いて座った。
俺は目を細める。
───西日が眩しい。
───とても眩しい。
───眩しかった。
タバコに火を着ける。
思い出す。
3時間前のことが、リアルに蘇る。
廊下のど真ん中。
「先生っ、───あ、麻倉先生!待って下さい」
俺が振り返り、立ち止まると彼女───2年Bクラス俺の教え子、夏目優──が息荒く走り寄ってきた。彼女はまさに正統派美少女というやつで、今年の学祭のミスコンで見事優勝していた。
「……質問?」
「質問というより、意見です」
真剣な彼女を見つつ、俺は染めるのさえ面倒になった硬質の黒髪をがしがしと掻いた。
「い、意見?」
授業が解りにくい、とかだろうか。基本的に化学は教えづらいのに、しかも今の単元は尚更だ。その上、女の子は第一印象で理系を敬遠する傾向がある。
「……何?」
窓から風が入ってくる。
───もう、秋なんだな。ぼんやりと思う。
「わ…たし、わたし───麻倉先生が好きです!」
「……は?」
日本語が急に解らなくなった気がした。そして、やっと彼女が言った言葉を噛み砕き飲み込む。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ!!!でも、好きになっちゃったんです」
必死に謝っていたが、俺はそんなことで忘れるほど要領は良くない。──っていうか、それは意見なのか。俺も学生の頃は、告白されるのが夢だった。しかし、今は教師の立場で相手は自分の生徒だ。どう考えても無理な話。
そして、彼女は走って走って逃げていく。段々と夏目の姿は小さくなり、とうとう見えなくなった。
「あぁ、もしや夏目優ちゃんに告白された?」
再びにんまりと笑う佐竹。「な……っ、そんなわけ無いだろ!俺は聖職者だぜ、そんな生徒に……」
「へぇ、じゃあぼくが3時間前見たのは誰だったか。ちょっと、残っている先生にでも訊いてみようかな」今にもスキップをしながら出て行こうとする佐竹を、俺は必死で止めた。
「佐竹……、出歯亀か?」俺は、同僚を睨みつける。いくら、同期でこの高校の教員に就任したってそんなのは許せない行為だ。
「偶然だよ、偶然」
ヒラヒラと手を振る。
「振るにしてもさ、ちゃんと言ってやれよ。可哀想じゃんか、あんな可愛い娘が君のような無自覚美形に惚れ込んでいるなんてさ」
「誰が美形だっつうの。俺は自慢じゃないが、かなりもてないぞ。いや、もてたことがないぞ。まず、告白なんかされたことが無いんだからな」
「それは、君が格好良すぎるからだね。これだから嫌なんだ、無自覚な美形は。皆、君に振られると思って告白しないのさ。麻倉孝宏は、無言のうちに人を拒絶しているのだ!」
ビシッ、と効果音まで入りそうな佐竹の演技に俺は唸った。そうなのか?