……タイッ!? 第三話「診察しタイッ!?」-19
「えっとさ、匂い? とか?」
疑問詞の多い返答に、紀夫の首の角度はさらに深刻になる。
「匂い? 別にとくには……しないけど?」
紀夫は別段鼻が良いわけではない。当然一人ひとりの体臭を嗅ぎ分けるような特異なことなどできるはずは無く、せいぜい誰がどの手の香水を好むか程度でしかない。
「いや、まあ、そのなんだ……、あたしにとってはかなり深刻な問題でして……」
年頃の女子なら誰でも悩むものだろう。結果マイナスイオン配合やら銀の消臭効果をうたい文句にしたスプレーが売れるわけだ。
「別にないと思うけどなあ」
しかし、現実には新陳代謝が活発な年頃男女が行き来する往来で「誰か」の匂いが目立つことなどなく、むしろそれは自意識過剰といえるレベルだろう。あくまでも学校内部でならば。
「そうか? もっとこう、近くで嗅いで調べてくれないか? なんかさ、あたし変な匂いするかもしんないし」
差し出された手に鼻を近づけると間抜けな猫のような気分になれるが、これで彼女の気が済むならと軽い気持ちで応じる。
しっとりとした手はやや日に焼けており、少しだけ汗の匂いがした。
「ん、ちょっと汗の匂い」
「そうか? やっぱり変だろ?」
綾はすっかりマイナス思考に陥っているらしく、自分の望むほうへと答えを歪ませる。紀夫はその様子に理恵の言う「かなり思い込みが激しくて……」を実感し始める。
「日吉さん、それは考えすぎだよ」
「いや、でもさ、だって、匂い……するだろ?」
「匂いっていうけど今夏だよ? 汗の匂いがしないなんてないよ」
「だって……、さあ、そういうの、気になるんだよ……わるいか? 変か?」
体臭が気になるのは普通のこと。けれどそれが過剰ならば悪になりえ、変でもある。ただ、一方で彼女の悩みの原因が見えたことにほっとする紀夫がいた。
あとは対策を立てれば解決。桜蘭にも非常勤のカウンセラーがおり、夏休み中も要請を出せば受け付けてくれるとのこと。紀夫は脳内のカレンダーで早速スケジュールを立てる……が、
「なんでだろ。なんであたしって……」
しょんぼりと両手を見つめる彼女を前にすると、今すぐ元気付ける方法を探したくなる。例えそれが身分不相応の願いであったとしても。
「日吉さん、考えすぎだよ……」
「そんなこと……!」
真っ赤で潤みがちな瞳を見ると言葉の選択ミスを痛感する。頑なになった彼女に否定の言葉は煽りにしかならない。むしろ態度を硬化させ、かえって傷口を深くしかねない。
「日吉さん……」
紀夫はおもむろに彼女の頭に手を乗せ、すっと引き寄せる。