やっぱすっきゃねん!VJ-11
「ヨシッ!これで行けるッ」
ホームインした達也とスクイズを決めた稲森がベンチに戻ってきた。
ベンチ上の観客席から、声援と拍手が2人に向けられた。
「ナイスランッ!ナイス・スクイズッ」
ベンチの選手達も、ハイタッチで出迎える。──東邦に対して立ち上がりの3点はそれほど大きかった。
7番森尾をライトフライに打ち取り、ようやく東邦の長い守備が終わった。
入れ替わりに青葉中の選手達がグランドに飛び出していく。
「さあッ、3つで終らせろよ!」
ベンチに控える佳代や直也が、手を鳴らしてゲキを飛ばす。
マウンドに登った稲森。スパイクで土を均すと、プレートから6歩半の位置に窪みを作った。
両手を頭の上まで振りかぶる。双眸は達也のミットだけを見ていた。
1球、2球と投球練習を繰り返す。マウンドがしっくりこないのか、窪みをさらに微調整する。神経質なほど足場を気にするタイプ。頓着しない直也とは対象的だ。
「ラストッ!」
稲森はクイック・モーションから放った。捕った達也も素早くセカンド森尾へと投げた。
一連の動作に4秒と掛からない。──盗塁を躊躇させる─そんな早さだ。
1番バッターが左打席に入った。達也は初球、スライダーのサインを出す。
稲森は頷き、振りかぶった。
右足が上がり、わずかにモーションを止めて早い動きに切り替える。スパイクの爪が窪みを掴んだ。
腕がしなって前に伸びていく。スリークォーター気味の振り。人差し指がボールの縫い目を掻いた。
バッターは素早くバントの構えをすると、打席の前へと駆けた。──セーフティ・バント狙い。
だが、ボールは大きく横にスライドし、バットに当たらなかった。
3点差という状況。ランナーを溜めたいとする東邦の心理を推し測った達也のリード。
2球目、3球目と内角のストレートで相手を追い込むと、最後は外角低めにスライダーで三振に奪った。
「ワンアウトッ!」
稲森は振り返ると、ポジションに散る仲間に対して人差し指を立てた。──頼むぞ、と。
仲間達も、グラフをあげて答える。──任せろ、と。
稲森は細心の注意をはらって投球を繰り返す。2番バッターをショートゴロ、3番をファーストゴロに打たせて取り、3者凡退に終わらせた。
「東邦中って強敵って聞いてたけど、ウチの野球部、すごいわねッ!」
「後は、このまま回が進んで佳代が出てくれば云うこと無いんだけと」
攻守にわたって最高の立ち上がりを見せた青葉中。客席に陣どる学校関係者に混じり、尚美と有理はこの上ない笑顔で試合を見守っていた。