やっぱすっきゃねん！Ⅲ⑪-10
「サンキュー貴士」
投げ込みを終え、シャツを着替えていた稲森も笑顔だ。
乾の顔が不敵に笑った。
「これで逆転されてみろ、マウンドで蹴りとばしてやるからなッ」
「分かってるよッ」
仲間を信頼しているこその厳しい言葉。そのやり取りを聞いた佳代は、一哉に云われたことを少し解り掛けてきた。
４番の達也が右打席に入った。狙い球はカーブに絞って。
いつものようにバットを高い位置に構える。懐の深い、そんな印象を相手に与える。キャッチャーは外にミットを向けた。
初球は外角低めのストレート。達也は大きな空振を見せた。──次への布石のために。
２球目も外角のストレート。だが、わずかに外れた。
カウントはワンストライク、ワンボール。キャッチャーのサインはカーブ。
ピッチャーが３球目を投げた。弧を描くボール。達也はステップした左足を外に開くと、内角低めに落ちてきたボールを引き付けて叩いた。
打球はライナーで右中間を舞い、センターとライトの間を破った。
センターは、転がる打球を素手で掴むと素早くセカンドに返す。
セカンドはボールを捕るとライナーの動きを見た。淳は３塁、打った達也は余裕で２塁を陥れていた。
５番一ノ瀬が左打席に入った。彼も達也同様、カーブを狙っていた。
初球が投じられる。ボールは一ノ瀬の顔面に迫ってくる。──カーブだ。
彼はステップした右足を大きくホームベースに近づけると、縦に変化したボールを思い切り引き付けてバットを振った。
インパクトの瞬間、右腕を強く押し込む。
打球はレフトに飛んだ。
バウンドしたボールを捕った レフトは、渾身の力でホームに返す。
３塁ランナーの淳はゆっくりとホームインした。２塁ランナーの達也は、サード・コーチャーに目をやった。──止まれ─の指示。
３塁を蹴った達也。かなりオーバーランをすると、土埃をあげてストップした。
遅れてレフトからの返球がキャッチャー・ミットに吸い込まれた。
達也は慌てて３塁に戻った。
長短合わせての４安打。息つく間もなく２点を奪われたピッチャーは、声も出ないほどの動揺を見せていた。
キャッチャーは変化に気づき、タイムをとって落ち着かせようとマウンドに駆け寄った。
──ここがチャンスだな。
永井は次のバッターと３塁ランナーにサインを出した。
永井を見た稲森も達也も、ヘルメットのつばに手を触れた。──サイン了解の意。
稲森は打ち気満々の雰囲気で左打席に入った。
キャッチャーは外角低めにミットを構える。ピッチャーの右足が上がり、身体がホームに向かって開いた。
──今だッ！
その瞬間、達也は地面を蹴った。ホームへと一気に突っ走る。稲森はバットを横にしてベース前で構えた。──スクイズだ。
──しまったッ！
意表を突かれたバッテリー。 稲森はボールに合わせて低く構え、バットに強く当てた。
ボールがサード側に転がった。ピッチャーがボールを捕に走る。
キャッチャーはホームは間に合わないと判断し、ファーストを指示する。
達也がホームに滑り込んだ。