夏の夜のお話・姿見-4
私の保身を仁は誠意と勘違いした。
私にはそれでも都合よかった。
それにどこかで見た男…
そう、会社のビルにぶら下がって窓ガラスを掃除してくれる若い方の男なのだ。
性格がきっぱりしていて裏がない。
それでいて、逆に私を思いやる気持ちがあって…
それから私は少しずつ仁と親しくなり、自分からこの男の気を惹こうとしていった。
仁は私がビルのテナントで働いている事にまだ気づいていなかった。
冴えない女子高生から男に振り返られるような私になってから、男の目を意識した事など一度たりともない。
どこにいても、必ず男の方から言い寄ってくる。
それなのになんて楽しいんだろう…
たった一人の男の気を惹くために怪我の具合いだの、近くに寄ったついでだの…
誕生日というのでささやかな贈り物を届けたり…
誠意という理由をつけて何度も会うたびに私はひとりの男のために自分を一番良く見せようとして鏡を覗いた。
私は美しい女。
当然、恋は実って仁は一生分緊張しながら言う。
[ どうか付き合ってください… ]
恋する事がこんなにも幸せな事なんだろうか?…
仁に出会って私の人生は変わってしまった。
鏡の中の私は仁のために微笑む。
それから一年あまり、仁と付き合っていて私の気持ちは変わらなかった。
そして私にはとても勇気のいる事だったが、もういいだろう。
そう思って、仁とセックスしている時に…
あらかじめそこに置いた鏡を覗いたのだ。
上に重なった彼を押し上げるように座らせ、あらためて体の中に彼を受け入れながら精一杯甘えてみせた。
鏡の中には私が映り…
仁の背中は見えたけど肝心の顔が移らない。
仁の背中にすがりつくように私は彼の上で腰を跳ね上げながら横を向かせようと唇をねだったが、どうしても仁の顔を映せなかった。
ほどなくしたある日、窓の外で微笑む仁は私の目の前で足を踏み外した。