深淵に咲く-10
「村人を槍で突いたのって、子供だよな?」
「それって情操教育上問題あるわよね」
「子供に殺しを教えるとは……」
「脚本家はどんな考えを持ってるんだ」
「明らかに、異常だな」
囁きの一つ一つが美優の心に突き刺さった。
大人達は、この舞台の脚本を執筆した本人が隣にいるとは知らず、舞台で演じる子供達もそっちのけで批判をしている。
――お願い。がんばっている子供達を見てあげて。
そう願うも、美優の半開きになった口からは何の言葉も出てこなかった。
「この舞台を作った奴に、舞台の上で土下座させたほうがいいんじゃないか?」
「そうね、子供達にもしっかり謝らせないと」
美優は耐えきれず、舞台上のハナと同じように耳を塞いだ。
――もう止めて!
美優は目から涙があふれ出しそうになり、目を力一杯瞑った。
「黙りなさい」
美優が塞いだ耳に小さく、しかし凛とした声が伝わった。目を開いて見るとシスターがパイプ椅子から立ち上がっていた。両手を上下に重ね下腹部に当て、批判を続ける大人達を睨みつけている。彼女の行動に、美優は目を丸くした。
誰一人としてシスターに視線を合わせる者はいなかったが、しかし彼女の声が届いたのか、批判をしていた者達は、まるで狐につままれたような表情をして口を閉じた。
シスターが椅子に座ると美優は目を潤ませて彼女に頭を下げた。
「シスター、ありがとう」
「いいえ、なんて事ないわ。それに、こんな風にうるさくっちゃ、あの子たちが可哀そうじゃない」
「そうね。あの子たち、すごくがんばってるから。最後までしっかり見て貰いたい」
シスターは美優に頷き「だから、私たちもしっかり見ましょうね」という風に、舞台へと視線を戻した。
――お願い神様。どうか、茜ちゃんが台詞を言えますように。
美優は再び両手を固く組み合わせた。
●
ハナが舞台中央に座り込んでいる。
ピンスポットが小さくハナだけを照らしている。
茜の周りでステップを踏みながら妖精が回る。
「近くには誰もいないわ」
「誰も助けてくれない」
「あなた一人の力でどうにかするしかないの」
ハナはふさぎ込むように膝をかかえる。
「私、子供だから。……何も出来ない」
妖精は軽快な口調で、
「いいえ、できるわ」
「やらないだけよ」
「考えないだけ」
「願わないだけ」
「叶えようとしないだけ」
歌うように言う。
「怖がらないで」
「怯えないで」
「きっとハナは見えるはず」
「前を見れば開けるわ」
徐々に舞台中央を灯すピンスポットの光量が絞られる。
「私には、できない……」
「恐れないで」
「前を見て」
妖精が急にステップを止め、空を見上げる。
ホリゾント幕にある満月が徐々に欠けていく。
「……満月が消えてしまう」
「もうそろそろ時間ね」
妖精が諭すように優しく言う。
「一人でやるしかないのよ」
「一人でやらなきゃいけないのよ」
「あなたなら出来るわ」
「ハナなら出来る」
「それじゃ――」妖精の声がハモる。「「さようなら」」
暗がりの中、二人の妖精が飛び立つ。
「私じゃ駄目なの。……もう進めない。誰か」
ピンスポットからの照明が消える。
辺りを完全な闇が支配する。
「誰か…………」