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やわらかい光の中で
【大人 恋愛小説】

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やわらかい光の中で-88

係りの人がテーブルにフルーツとシャンパンをセッティングしてくれている姿を、彼女は遠巻きに見ていた。冷えた細長いグラスに飴色に輝くシャンパンが、心地よい音とリズムで注がれた。グラスの中で弾ける小さな気泡が、ルームライトの柔らかい光に照らされて星のような輝きを見せた。彼女はぼんやりその小さな星を眺めながら、独り旅を実感していた。
仕事を済ませた係りの人が部屋のドアを閉める音を後方で確認すると、彼女はバスルームに用意されていたバスローブに着替えた。人前でバスローブを着る勇気はなかったが、用意されていたバスローブを着てみたくて仕方なかったのだ。

バスローブを着て再びソファの前に座り、真っ暗な海の方を向いて独り、乾杯した。

冷たく小さな気泡が、喉を弾きながら通過していく。その感覚が全身に伝わると、彼女の緊張感も一気に弾け飛んだ。

そして、初めての独り旅がゆっくりと幕を開けたのだ。



酒井直樹と来る筈だった沖縄の高級リゾートホテルの一室で、当然の事ながら、千鶴は恋人の慎治ではなく、婚約者だった直樹を思い出していた。

2つ上の彼とは大学のサークルで知り合い、どちらかと言うと目立つタイプの直樹を彼女が先に目を付けた。長身でとっつき難い顔立ち、人見知りが激しく、新入生にはあまり近づかない男だったが、彼女はそんな彼のクールさに憧れたのだ。
千鶴が入学した頃は、高校から付き合っていた恋人とまだ交際していたが、その女性は当時、外国に留学していたらしい。彼女がいると聞いてガッカリした事を覚えているが、その相手が海外だと聞いて、千鶴は内心喜んだ。
それから彼女はサークルの後輩という立場を利用してゆっくり彼に近づき、彼の興味が自分に向くのをただひたすら待った。
直樹が千鶴に告白するまでには半年もかからなかったと思う。彼が千鶴と出会った時、既に留学中の彼女とはあまり上手くいっていなかったようだ。しかも直樹は、千鶴が思っていた以上に純粋で、女に疎いタイプの男だったのだ。だから、いつも笑顔で自分の側にいてくれる女の子を選ぶまでに、それほど時間は要らなかったのだろう。

千鶴と直樹はサークル内で理想のカップルと噂される程、仲がよかった。直樹と付き合っている事で、彼女はキャンパス内でも有名になり、知らない人に声をかけられる事も増えた。そして、自分のそんな地位に彼女も満足していたのだ。

直樹は非常に温厚で頭の良い男だった。プライドが高く、少し神経質で真面目すぎるところはあったが、千鶴には優しかった。2人の恋愛は順調すぎるほど順風満帆に進んでいた。

彼が大学院に進学した頃、急に勉強が忙しくなり、千鶴と会う時間が著しく減った事がある。彼女は、たいしてその事に不満を感じていたわけでもなかったが、なんとなくノリで、強くその不満を直樹にぶつけた。彼は激昂しながらキャンキャン喚く恋人の話しに、俯いたまま面倒臭そうに耐え、最後に一言「少し距離を置こう」とだけ伝えた。
それから1ヶ月間、彼からの連絡は全くなかった。電話をかけても10回に1回出れば良い方で、ショートメールを送っても、内容によっては返信がなかった。それでも千鶴は直樹に連絡し続けた。
そうして千鶴の一方的なメールが続き、直樹からの連絡が来ない事に彼女も慣れた頃、久しぶりに彼からデートに誘われた。
いよいよ別れ話かと彼女は身構えた。
しかし、デート中の彼は今までと同じ様子で、連絡をしてこなかった事や返信をしなかった事など、まるでなかったかのような振る舞いだったのだ。
結局、最後の最後までその態度を貫き通した直樹に、彼女も何事もなかったかのように接した。
そしてその日、家に着く頃、彼から3回に分けてショートメールが入った。


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