やわらかい光の中で-87
再び駅まで戻ると10時5分前だった。
今買ってきた物を手持ちの荷物とトランクに上手に分け、なんとなく持ち込みがバレないように気を配った。
薄暗い駅前の弱々しい外灯の下で、彼女はトランクを片手に周りをキョロキョロ見渡しながら、独りきりで迎えのバスを待っていた。初めての独り旅に得体の知れない孤独感と寂しさを覚えていたのだ。
それでもそこで待つ事しかできない。
彼女は携帯電話を開き、慎治にメールを打とうとして止めた。
彼の中では今、千鶴はタイに行っている事になっているのだ。昼間、タイへ出発する予定だった時間に彼にメールを送っていた事を思い出した。
それに対しての返信はなかったが、仕事中の彼が即座に返信を寄越すことなど殆どなく、不必要なメールを送るタイプでもなかった。旅行前に連絡はくれても、出発メールに対して返信をしてきたことはなく、その理由は、どうせその返信メールを確認できるのは日本に着いてからだから、ということであった。彼女はその返答に些か不満を感じたが、それ以上話す必要を感じなかったので、特に彼女は気にしない事にしていた。
約束の時間を15分以上遅れて、シャトルバスは到着した。
沖縄の人があまり時間にシビアではない事は知っていたが、その15分は彼女にとって30分にも1時間にも感じるほど長かった。
運転手のおじさんは、気の良い沖縄訛りで千鶴のトランクを軽々と車に積むと、助手席に座るように勧めた。彼女もなんとなくそうしたいと思っていたので、快く助手席に着いた。
道中、おじさんは何か勘ぐっていたのか、そういう人なのかわからないが、千鶴には何も聞かず、自分の話しばかりしていた。沖縄独特の訛りで話す彼の声がやたらと温かく聞こえ、たいして面白い話でもなかったが、彼女はずっと笑っていたのを覚えている。
立派なホテルの入り口をバスが通り抜けると、彼女はそのホテルの広さに驚かされた。
エントランスからフロントのある棟まで車で5分以上かかったように思う。更に、フロントのある棟から彼女の部屋までは、ゴルフのカートのような電気式の車をのんびり走らせながら10分ほどかかった気がする。
夜で遠くの景色は良く見えなかったが、綺麗な芝生で整備されたホテル内の風景は、横長で高い建物はどこにも見当たらなかった。遠くから微かに波の音がした。心地よい波音にうっとりしていると、ボーイが目の前に海があると教えてくれた。
彼女の部屋は西の外れのオーシャンビューで、キングサイズのダブルベットは天蓋付だった。部屋の明かりは暖色の間接照明で、壁に照らされた明かりはオレンジ色の柔らかい光を部屋全体に反射していた。
テラスには白い机と椅子が用意されていて、その先には暗がりの中に美しい海が見えた。
バスルームは浴室とシャワールームが綺麗に磨き上げられたガラスで仕切られていて、湯船の前にはテレビも完備されていた。スチームサウナの設備も整い、横の窓からは目下の海が一望できた。
ボーイが部屋を後にすると、彼女はすぐにトランクを開け、中からビールと泡盛を取り出して部屋に備え付けてある冷蔵庫にそれを入れた。
冷蔵庫の中のミネラルウォーターは自由に飲んでいいとの事だった。さすがに高級ホテルは扱いが違うと感心した。
ルームサービスのメニューを開き、一番安いスパークリングワインとフルーツの盛り合わせを注文した。高級な部屋の中で、少しお金持ち気分を味わいたくなったのだ。
オーダーの際、15分程度かかると言われたので、彼女は急いでシャワールームに駆け込み、軽く汗を流した。秋とはいえ、沖縄はまだまだ暑かった。緊張のせいで変な汗をかいていたのかもしれない。
彼女が素早くシャワーを済ませると、丁度、部屋のチャイムが鳴った。