やわらかい光の中で-77
■第3部
□オレンジ色の太陽
◆
長谷川千鶴は不思議な気持ちで、羽田発沖縄那覇行き最終便に乗り込んだ。
19時55分に羽田を発ち、22時25分に沖縄の那覇に到着する予定の便だ。
繁忙期には常に満員の沖縄便も11月になると途端に乗客が減る。
それでも飛行機の中は週末を南国で過ごすサラリーマンやOL、家族連れやカップルでほぼ埋め尽くされていた。中にはスーツを着てノートパソコンを開き、しきりにキーボードを打ち続けている者もいる。
東京への出張を終え、沖縄に帰るサラリーマンか、仕事を残したまま週末のバカンスの為に最後の一仕事をしているサラリーマンか…などと、どうでもいい妄想を繰り広げながら、千鶴は自分の手荷物の中から読み途中の文庫本を取り出し、目の前のシートの背に付いたポケットにそれを押し込んだ。
今日は仕事を早々に切り上げ、駅のコインロッカーに預けてあった小さなトランクを手にすると、羽田へ急いだ。7時には羽田に着いていただろうか、彼女が空港に着いた頃には、搭乗手続きが開始されたところだった。
慌てて2枚分の搭乗手続きを済ませ、飛行機の中で食べる軽食を2人分買い終えると、彼女は搭乗口付近の目立つ場所に腰を下ろし、本を読みながら1人で哲也が訪れるのを待った。
飛行機の小さな窓から外を見下ろすと、辺りはすっかり暗くなっていた。
客室乗務員が最後のシートベルト確認のため巡回していたが、それが済むと飛行機はゆっくりと滑走路へ向って動き始めた。
真っ暗闇の中を飛行機が光の点を頼りに移動していく。飛行機は無数の光の中から、自分の行く道を照らす光のみを選んで前進していく。
彼女はその光景が好きだった。
暫くすると遠くの暗闇の中に鮮やかな青色の点の群れが現れた。
その青い点を子供のように飛行機の小さな窓から覗き込んでいると、それは暗闇の中に不自然に浮き上がり、幾重にも向って1つの確かな道を形成していた。
「キレイだね。」
窓を覗き込む千鶴の横から、息がかかる程顔を近づけて哲也が言った。その声の近さに一瞬ドキッとしたが、すぐに平静を取り戻し、彼女は小さく頷いた。
「この青い点を見ると、旅に出るって感じするよね。」
シートの背もたれに体を戻しながら哲也が続けた。
千鶴はその哲也の姿を見ながら、優しく微笑んだ。
◇
林哲也と知り合って1年が過ぎていた。
交際を始めたのはつい先日の事だ。
夏のある夜、会社の飲み会の帰りになんとなく勢いで千鶴が彼に告白したのだ。
戸惑いはしたものの、彼は彼女の気持ちを受け入れてくれた。そして、夏休みを一緒に取り損ねた2人は、11月になってから、付き合い始めて最初の旅行を計画し、その旅先に沖縄を選んだのだ。
哲也は千鶴の1つ下でありながら、彼女の勤め始めた会社の営業部のグループリーダーを務めていた。彼女は営業事務としてその会社で働いている。
紹介予定派遣という形で入社し、半年後、正社員として雇い入れてもらった。34歳にして大した職歴もない千鶴にとって、転職活動は容易なものではなかった。全社員100人に満たない小さなシステム開発会社とはいえ、どうにかして就職できた事に彼女は満足していた。
彼は彼女とは違うグループだったが、その温厚な人柄とユーモラスな性格は、社内でも有名だった。