やわらかい光の中で-76
裕美と一緒にいて不安を感じることはない。罪の意識を感じる事も、見知らぬ男の顔がちらつく事もない。
ネガティヴな責任感の代わりに前途明るい責任感を感じる。
彼女には言いたい事を言うことができ、同様に、わがままを聞いてあげたいとも思えた。
千鶴との愛が、悪戯に千鶴や千鶴の周りの人間を傷つけるだけに終わってしまった事を後悔していないわけではなかった。
しかし、あのまま2人が一緒にいても結果的には幸せになれなかっただろうと、慎治は確信していた。
「これで、よかったんだ…。」
心の中で呟いた。それは誰にも語られることのない、慎治だけの秘め事となった。
慎治は裕美のことをまだ殆ど知らない。
それは彼女も同じだろう。
2人には共通の思い出も共に過ごした時間もまだ殆どないのだ。
自分で望んだ事とはいえ、こんなにも知らない相手と結婚することになるとは思ってもいなかった。
しかし、そんな現実も悪くないのではないかと彼は感じていた。
今の慎治にとって、裕美が千鶴の言っていた「どうしても必要な相手」なのかどうかは正直わからない。
裕美のことを幸せにしなければいけないと強く感じたこともない。
裕美をはじめて紹介された時「見つけた」と思うような強烈な印象は全く無かったし、振り向いてもらえなくても一緒にいたいと願った事など1度も無い。
それでも、これから彼女と2人でゆっくり時を重ねていく事、2人で選んだ物や2人の共通の思い出を1つずつ増やしていく事を思うと、彼は嬉しくなるのだ
そして、裕美と過ごしていく事になるであろう、この先の自分の人生を思うと、彼は自然と幸せな気持ちになれるのだ。
裕美と過ごすこの先の人生に何が起こるのか見当もつかない。どのようなバランスを保って、どのような愛情を形成していくのかもわからない。
それでも、慎治はそんなこれからの2人の行く末が、至極穏やかな気持ちで楽しみで仕方なかった。
裕美となら、幸せになれる気がしていた。
のんびり彼女と生きていく事に穏やかな期待感があった。
結婚して、2人が生活を共にしていく理由など、それだけあれば、それで十分じゃないかと彼は感じていた。