やわらかい光の中で-73
それから暫く、無言のまま時は流れた。
自分でも驚くほど自然体でいられたのだが、何かふわふわしたものに包み込まれているような不確かな気がしていた。
それから、彼はゆっくりと丁寧に自分が結婚したい理由について話し始めた。
彼女はその話を落ち着いて聞いていた。
そして彼女の笑顔が薄オレンジ色の柔らかい光と溶け合った時、2人は結婚を誓い合った。
◆
「ありがとね。せっかく休んだのに…。」
「ううん、いいの。なんか理由ないと休むの気がひけるし。」
「えっ会社にはまだ言ってないんでしょ?」
「うん。
なんつうの、自己満足。」
「そっかぁ。でもありがとう。」
「いいえ。
…仕事忙しぃんでしょ?」
「…うん…」
「じゃっ。また明日ね。」
「うん。…オヤスミ」
「おやすみなさい。」
裕美からの電話はいつも淡々としていた。彼女は電話で無駄な話は殆どしない。電話で話すのはあまり好きではないといっていたが、彼もそれは同じだった。
時計を見ると夜の12時を過ぎていた。
慎治はビールを片手に引越しの荷物をまとめていた。来週には2人の新居に彼が先に引っ越すことになっている。
何度かデートを重ねたが、6月中にはお互いの両親への紹介を済ませた。2月に式を挙げることも決まった。
結婚後、彼女は会社を辞めると言ってくれた。
慎治は大手の広告代理店に長く勤め、クリエイティブな仕事をしていた裕美のキャリアを危惧したが、彼女はあまり気にしていないようだった。
アメリカで生活できるのであれば、喜んでついていくと笑ってくれて彼は安堵した。
彼女の実家にも挨拶に行った。
色々想像を膨らませて、その挨拶の儀に挑んだのだが、思ったほど緊張しなかった自分の図太さが可笑しかった。
彼女の父親は硬い感じの人だったが、娘を大切に思っている事がひしひしと伝わってくる優しさのある人だった。
「頑固な子ですけど悪い子じゃないんで…まぁ幸せにしてやってください」
と波目になりながら、複雑な表情で慎治に言った。思わず彼もかしこまって、
「必ず幸せにします。」
と頭を下げたが、安っぽいホームドラマの台詞じみた感じがして、自分が情けなくなった。
彼の両親も裕美のことを気に入ってくれた。
母親は慎治の耳元で小さく、「お母さん、裕美ちゃんが一番タイプ」と、繰り返した。
きっと上の2人の兄の嫁と比べてということなのだろう。
2人の義姉はどちらかというとお嬢様タイプの女性だった。色白で家庭的なセレブマダム風というと少し言い過ぎる気がするが、近からず遠からずという感じだ。
しかし裕美は毎週のサーフィンのおかげで色も黒く健康的だ。気配りはそれなりにできるが自分の意見ははっきりと言う。豪快な母親は裕美のそういうところが気に入ったのだろうと慎治は思った。