やわらかい光の中で-68
店内のクラシックを右から左に聞きながら、高い天井を見て、意味もなくスピーカーを探した。なんとなく、窓の外に目を向けてみたが、目の前をダラダラと流れる車は、彼の視界に入ってこなかった。
裕美の言葉も時折聞き逃していた。美味しかったのか、そうでもなかったのかわからないままコーヒーを飲み終え、仕方なく彼らは店を出ることにした。
まだ4時半を少し過ぎたくらいだったが、これ以上クラシックをその店で聞いていたら、本気で寝入ってしまいそうだったので、彼の方から出ようと言ったのだ。
慎治は考えても答えの出ないことを懸命に考え続けていると、眠くなる癖があった。
そんな彼の様子を察してくれたのか、裕美が運転を代わると申し出てくれたが、代わってもらうほど眠いわけでもなかった。
ただ、なんとなく血液がゆっくりと逆流するような気持ちの悪い感覚と、サーフィンでの疲労感が彼の体の中で相乗効果となり、店内の心地よい音量のクラシックも手伝って、眠気を呼び起こしている気がしていたのだ。
ダラダラと車を走らせ、目的地に程近くなってきたが、彼の頭の中のモヤモヤは消え去らなかった。
街道から右折し、2車線の幹線道路に入った。
あと数百メートル走れば目的地に着く、という時になっても、彼女に伝えるべき言葉は、まだ見つかっていなかった。
車が緩やかな勾配を上り始めた頃、彼は目的地の在りかを裕美に冷静に説明し始めた。一方、彼の頭の中は、何か答えを求めて焦り始めていた。
しかし、何にそんなに焦っているのか自分でも相変わらず、わからなかった。そして、その答えの方向すら、見失っている気がした。
女性に告白したことが今まで一度もなかったわけではない。初めて女の子に告白したのは大学生になってからだ。
同じクラスの女の子に半年間、独りで想いを募らせ、夏休み中にクラスの何人かで旅行に出た際に告白した。
その時は、周りの友人にも協力してもらい、2人だけになるチャンスを作ってもらった。
その恋は一応、成就したが半年もしないうちに別れた。
その時もそれなりに緊張したのを覚えているが、今回のような感情とは大きく違っていた。
それは、年齢的な問題で、その先のことを考えているからなのか、それとは違うことなのか、自分でもよくわからなかった。
◇
緩やかな勾配を登り、目的地に着くと、いつものように道幅が広くなっているところに駐車した。
「とりあえず、一服してから行こっか。」
エンジンを付けたまま、窓を全開にして慎治が言った。
頭の中を少しでも整理したいという願望と、少しでも夕暮れが近づけばいいと思う気持ちから出た言葉だった。彼女もその言葉に優しく微笑んでくれた。
呼吸を整えるように、いつもよりゆっくり煙草を吸ってみたが、相変わらず頭の中は整理されなかった。
その焦りを沈めるために、更にゆっくり呼吸をした。
煙草を吸い終えると5時15分を少し過ぎていた。そこで、彼は5時半になったら車を出ようと提案した。すると彼女は微笑みながらこう言った。
「そのライトアップされた桜がホントに好きなんだね。」
目的地が近づいた時、日が落ちると外灯が桜を照らして、その光景が美しいという話を、自分で語ったのを思い出した。
そして、なぜだか彼女のその言葉でふと我に返った。