やわらかい光の中で-57
だから裕美と2人で海に来ることになった時も、彼は彼女がどのようなタイプの女性サーファーなのかが気になっていた。
彼女の力量によっては、始終注意して彼女を見ていなければならない。
そこで、彼女が海に入っていく後姿を見て、彼女の力量を判断することにした。
世間話をしながら、簡単に柔軟体操を済ませると、裕美は自分が入る場所を慎治に告げ、ゆっくりと海に入っていたった。
彼女は慎治が思っていたよりは海に詳しいようだった。
自分で潮の流れを判断し、自分の力量に合ったところからアウトに出て行った。
波があまり大きくなかったのもあるが、慎治が想像していたよりもすんなりアウトに辿り着いた。
海の中でも、一応視界の片隅に彼女を入れていたが、それほど危険を感じることはなかったし、何本かに1回は波の崩れ方を確認しながら、左右に板を滑らせていた。また、海に入る前に下らない質問をしてくることもなかった。
男並にガッツリ海に入るタイプでもなかったが、危なっかしくて、始終彼女を見ていなければならないこともなかった。
幸運なことに、彼女は立派な初級者サーファーだったのだ。
しかも彼女は自分で車も所有していた。更に慎治の家からも、それほど遠くない距離に住んでいた。
彼女とならば、面倒を感じることなく、海を楽しめると彼は嬉しく思った。
普段、彼女は女の子の友達と一緒に行っているらしいが、その子はGWまで海には入らないということだった。
冬は知り合いが誘ってくれたときか、どうしても海に行きたくなった時に仕方なく、1人で行くと彼女は言った。
慎治も、ここ何年かで大学のサーフィン仲間が随分減ったことを話した。
仕事で東京を離れた者もいれば、結婚して毎週末サーフィンに行っているわけにもいかなくなった者もいる。
大学を卒業したばかりの頃は、夏も冬もみんなで毎週末海三昧だったのだが、寄る年波にそれぞれ環境が変わり、遊んでばかりもいられなくなったのだ。
慎治の家に着き、荷物を入れ替えると、彼女はさっぱりと帰っていった。その車を見送りながら、身のこなしがすっきりしていて、付き合いやすい女性だと感じていた。
◆
3月になったばかりのある日、慎治は再び高沢に声をかけられた。
しかし今度は、会議室に来るように言われたのではなく、3日後の予定は空いているかと、聞かれた。そして、空いている事を伝えると「杉山常務と食事をするから同席しろ」とだけ言われた。その席がどういう席なのかが気になったが、それをその場で聞ける雰囲気はなかった。
役員に会ったことがないわけではないが、パーティー以外の酒の席で、同席したことなど、彼にはなかった。自分の会社の役員の顔と名前くらいは一致するが、マイクを通した彼らの声しか聞いたことがない。
杉山は、54歳という若さで常務に就任した人物である。
アメリカでMBAを修得した後、そのままアメリカ総本社に就職し、日本に出向という形で20年間働いた。その後、10年弱アメリカで過ごし、一昨年日本本社付けになった時には、常務の席が用意されていた。絵に描いたような、スーパー出世コースを歩んでいる人物だ。
国籍は、日本で慎治と同じ大学を卒業している。大学卒業後、MBAを修得するために渡米し、そのままロスの総本社に就職したということだった。
これらの情報は、全て社報に載っていたもので、彼には杉山との面識は全くない。