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やわらかい光の中で
【大人 恋愛小説】

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やわらかい光の中で-55

 指定された店に行くと、辻元が独りでパソコンを開いて座っていた。彼は慎治に気づくと、小さく手を上げパソコンを閉じた。
「仕事?」
 パソコンを見ながら慎治が聞いた。
「あぁぁ…。
 彼女まだ仕事みたいだから、先に始めてましょう。」
 辻元は、なんとなく慎治の質問をスルーして笑顔でそう言うと、手を上げて店員を呼んだ。

 仕事をしている自分の姿を、学生時代の知り合いに印象づけたくなかったのだろうと慎治は理解し、その話には触れないことにした。
 世の中には自分の忙しさを、あたかも自慢気に見せつけたがる輩もいるが、慎治は、そういう部類の人間を軽蔑していた。

 その感覚は、きっと辻元も同じで仕事から離れた関係を保つためにも、自分の仕事の話は避けたかったのだろうと思った。

 しかしその辻元の姿が、逆に彼の忙しさを物語っているようで、起業した彼の苦労を感じさせた。
 一方、嫁をもらい、自分の家族を持ちながら、着実に自分の城を築いている辻元を羨望の眼差しでみていた。


 相手の女性は辻元の高校の部活の後輩ということだった。
 先日、仕事で取引先の広告代理店に出向いた時、彼女と偶然会ったというのだ。
 その時に今度飲みに行こうという話になり、今日、たまたま同じ会社で打ち合わせがあったので、彼女を誘ったと説明した。
 更に、彼女の最近の趣味がサーフィンだという事で、慎治のことを思い出し、声をかけたと彼は付け加えた。

「彼氏がいるかどうかは確認してないんですけど、その辺は適当に…。」
 淡々と辻元は話した。
 そこが1番重要なところではないか、と突っ込もうとしたら、辻元が入り口の方を見て「あぁ来た、来た」と言い、慎治にしたように小さく手を上げて、自分の位置を彼女に示した。


「おぉ、お疲れ。大学の先輩なんだ。」
 慎治を見て、見覚えのない顔だと当惑気味にしていたその女性に辻元が説明した。そして、彼女が安堵したような表情を見せると更に付け加えた。
「今日、たまたま連絡もらって、一瞬迷ったけど、別に良いかなと思って…。ユミ、人見知りする方だっけ?」
 慎治に目配せしながら、辻元が言った。慎治は彼の作ったストーリーに従うことにした。
「あっ、大丈夫です、全然。
 初めまして、山上裕美です。」
 そう言うと、彼女は辻元の前の席についた。
「内藤です。
 すいません。なんかお邪魔しちゃって。」
 はにかみながら慎治が言うと、彼女は「気にしないでください」と言うように笑顔で首を横に振り、辻元に生ビールを頼んだ。


 聡明そうな女性だと思った。特別美人というわけではないが、綺麗にしている女性だった。その雰囲気や身のこなし、仕草などに女性らしい清潔感を感じる人だった。
 辻元はサーフィンをしている子だと言っていたが、肌の色はそれほど黒くないと、彼女の小さな手を見て慎治は思った。
 しかし今は真冬の2月だ。この時期に海に行く女性サーファーは少ない。女性サーファーは、4月から12月迄海に入り、冬の3ヶ月は休むという人も少なくない。それでも長い方かもしれない。自分の知り合いにはいないが、ただサーフィンの道具を持っているだけで、夏シーズンに数回行くか行かないかの人もいるという話だ。

 最近、テレビや雑誌でサーフィンが趣味だと主張する芸能人が出てきたおかげで、ここ何年か夏の海が異常な混み方をしている。みんながサーフィンを楽しめればいいと思いながらも、そういう輩を煙たく思っている自分もいた。
 もしかしたら、彼女は夏しか海に入らないタイプなのかもしれないと慎治は思った。


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