やわらかい光の中で-51
頭の中でそのタレントを罵倒しながら、この現実から逃れたいと真剣に思っていた。
そして彼は、押し黙るしかない自分の愚かさを痛感しながら懸命に何か言葉を探していた。
しかしその言葉は見つかる気配すら感じられず、彼は自分が何を探しているのかさえ、見失いつつあった。
「もう、私のこと好きじゃないんじゃない?」
千鶴の穏やかな口調の鋭い言葉が慎治を現実に引き戻した。
盗み見るように彼女を見つめると、千鶴は再びテレビに目をやっていた。慎治はテレビに向いた彼女をまっすぐ見つめ直し、口を開いた。
「それは違う。千鶴のことは今でも好きだよ。会ったときからずっと好きだったよ………。」
逆説の言葉が出掛かって、彼は口を閉じた。
「でも、結婚は考えられない。」
千鶴が彼をまっすぐ見つめ、彼の言葉を代弁するようにはっきりと言った。
「結婚だけが人生じゃないだろ。」
咄嗟に出た言葉だった。言い出したときに失敗したと思ったが、勢いで言い切ってしまった。そしてそのまま、彼女を直視できなくなった。
彼女は「そうだね」と言って、力なくゆっくりテレビ画面に視線を戻し、そのまま、押し黙まった。
いやな沈黙が2人を包んだ。
テレビの中の芸能人が高らかに笑っていた。
その様子を千鶴はしらけた顔でじっと見ていた。
慎治はその彼女を伺うように、そっと見つめた。
「千鶴のことは今でもちゃんと好きだし、これからも、ずっと好きでいられる自信はある。こんなに人のことを好きになったことがないと思うくらい、初めから好きだった。
だから、これからもずっと好きでいられる。」
千鶴が慎治の顔をしげしげと見つめてきた。
その瞳は何故かいつもより悲しげに慎治に映った。
そんな彼女を見ていたら、何故か自分が情けない程ずるい人間のように思えてきた。
再び、沈黙が2人を包んだ。
千鶴はテレビ画面を見ながらも、その意識は慎治にまっすぐ向かっていた。
彼は次の言葉を探したが、適当な言葉は何も出てこなかった。
「…もう…
止めよう。
…もう、終わりにしよう。」
その言葉を言い切ると、彼女はまっすぐ慎治を見詰めた。
その声は信じられないほど穏やかだった。
そして、その眼差しはこの上なく優しかった。
「結婚しないにしても、お互いがちゃんと好き同士なら、いい関係を築きながら、一緒にいることはできるかもしれない。
でも、私たちはもう、ただマンネリ化しただけの関係…。
お互い嫌いなわけじゃないけど、どうしても必要な相手なわけでもない。
…慎ちゃん、最近ずっとそう思ってたんじゃない?違う?」
それは違うと言い返したかったが、その次に繋がる言葉が見つからなかった。その言葉があまりにも確信を突き過ぎていたからだ。