やわらかい光の中で-47
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新婚の2人は翌日の早朝に成田を発つということもあり、その日は2次会で解散となった。
先週のメンバー数人で、軽く3次会を開いたが、先週の疲れもあってか、10時にはその店も出ていた。
慎治はタクシーを拾っていつものように千鶴にメールを送った。するとすぐに携帯のバイブが反応した。
運転手に一言告げて電話に出ると千鶴だった。彼が家に着く頃に行ってもいいか、というので彼はそれを承諾して、早々に電話を切った。
先程、辻元に言われた言葉が頭を過ぎった。
「内藤さんは彼女に操を立てるタイプだと思ってたけど。」
確かに今まで彼女がいる状態で、友達に「女を紹介しろ」などと言ったことはなった。
付き合いでコンパに参加することはあっても、彼女がいて、自分からそういう場に積極的に出るタイプではなかった。
若干、千鶴に後ろめたい気持ちが込み上げてきたが、辻元はそう易々と女を紹介するタイプでもないと思い、その後ろめたさを封じ込めた。
マンションの前に降り立つと、千鶴がラフな格好でコンビニの袋を提げ、エントランスの横に座っていた。
部屋に入ると、彼女はそのビニール袋をリビングのテーブルに置き、寝室へ向かった。
慎治は着ていたスーツを脱ぎながら、音楽をかけた。
スピーカーから、アコースティックギターのゆったりとした曲が流れ始めた。
寝室から戻った千鶴はスウェットに着替え、慎治のスウェットを無造作にソファーの上に置くと、手にしていたハンガーに彼の脱いだスーツを無言で掛け始めた。
慎治は何も言わず、千鶴の持ってきてくれたスウェットに着替え、彼女がテーブルに置いたビニール袋からビールを取り出した。
彼女がスーツを片付け、リビングのソファに座るのを待って、彼はそのビールを開け、彼女に渡した。
少し酔っていたせいもあるのか、その日の彼は饒舌だった。
佐久間の結婚式の話を一頻りしたあたりで自分のビールがなくなり、彼は冷蔵庫に新しいビールを取りに行った。
すっかり気分が良くなっていた慎治は、先週、佐久間から聞いた、2人が結婚に至るまでの経緯を話し始めた。
「ミサちゃん、1年くらいかけて、忍耐強く、佐久間に結婚、迫ったらしいよ。」
笑ってそう言いながら、ソファーに戻ると、今まで楽しそうに結婚式の話を聞いていた千鶴が、真剣な眼差しで慎治を見つめていた。
一瞬、背筋が凍りつくような殺気にも似た視線をその中に見た気がしたが、彼は笑顔をキープして、何も気が付かなかったかのように缶ビールのプルトップを勢いよく開けた。
「いいなぁ。ミサちゃん。」
千鶴が小さく呟いた。
慎治はビールを勢いよく飲み、何を言ったのか、よく聞こえなかったふりをして、適当に話題を変えられそうな言葉を探した。
「まぁ、2人とも幸せそうだから本当に良かったよ。」
新婚の2人に、話を集中させようとした。
「そうゆうんじゃなくて、私が羨ましいのは、結婚をなじれる、佐久間君とミサちゃんの関係。」
千鶴は話を変えることを許さなかった。そしてそのまま続けた。
「慎ちゃん、私が結婚してって、言ったらどうする?」
千鶴はまっすぐ彼を見詰めたまま、表情を変えずに言った。
慎治は言葉に詰まった。
体が硬直していくのを感じた。
それを悟られまいとして、更に体が強張った。
「なんだよ。急に。」
やっとの思いで言葉を発したが、笑顔の声は少しひきつっていた。
千鶴は何かを探るように、じっと彼を見ながら押し黙っていた。