やわらかい光の中で-44
◇
店を出たときには、12時を回っていた。
すっかり眠りについた商店街だが、街灯に照らされて道は明るかった。
なんとなく力が入らず、ダラダラと歩きながら、川上の話を思い出していた。
今、千鶴が妊娠したら、自分はどう思うのだろうか。
最終的には、彼女と結婚することになったとしても、一瞬は「おろして欲しい」という言葉が、頭の中を過ぎる気がした。
純粋に彼女やその子を思いやり、結婚するとは悲しいかな思えなかった。
その決断には、単なる男としての責任感や世間体など、外的な感情が悪戯に混在するような気がした。
そして、結婚とはそういうものだと勝手に結論付け、千鶴にプロポーズする自分が容易に想像できた。
縁なのか単なるタイミングなのか、そのタイミングの事を縁というのかはわからないが、そういった何かが川上と奥さんにはあり、2人は結婚した。
子供ができたことだけが結婚の理由ではなかったのだろう、と慎治は感じた。
おそらく、川上は今でも奥さんのことを好きなのだろう。
…愛していると表現した方が、正しいのかもしれない。
そして、2人の関係は重ねる時と共に良い意味で変化しているのではないかと慎治は思った。
出会った頃と同じように、愛しく思うところと常に変化しながら愛しさを感じるところが、丁度良いバランスで混在しているのではないかと感じたのだ。
だからこそ、今でも相手のことを大切にできるのではないか、と。
◇
川上の結婚秘話を聞いてから、考えるとなく自分の結婚をリアルに想像するようになり、千鶴との関係や千鶴への思いに頭をもたげる事が多くなった。
そうこうしているうちに、冬が訪れ、彼女の誕生日とクリスマスの季節がやってきたが、彼の中の「千鶴と結婚できない理由」は、見つからないままだった。
その答えを探すのを止めてしまっていたのかもしれない。
そして、高沢からアメリカ行きのことに付いて、何か新しい事を聞くこともなかった。
彼女を好きな気持ちに嘘はなかった。
一緒にいることに不満を感じたこともないし、特に別れたいと思ったこともない。
ただ「千鶴と結婚できない理由」が、確実にどこかに存在している事を彼は強く意識していた。しかし、その答えは見つからず、ただ時だけが過ぎていた。
夜の商店街を走って逃げた千鶴の背中を追ったあの日、初めて彼女の細い体を抱き寄せた時、彼女を幸せにしなければいけないと、彼は心の底から強く思った。そして、今でもあの時と同じように彼女の事を好きだった。
しかし3年という月日の中で、彼女への感情は少なからず変化していた。好きという気持ちとは別のところで何かが変わっていた。何がどう変わったのかは自分でも良くわからない。しかし、その変わった何かが2人の関係を崩している気がしてならなかった。ただ、その答えを見つける事が彼にはできないでいた。
それは、そこに知りたくない何かの存在を感じていたからかもしれない。
千鶴を好きな気持ちに嘘はなかった。
そして、彼女のことを好きという気持ちに嘘がないのであれば、またいつの日か、あの時と同じように強く彼女を幸せにしたいと自然に思うようになり、その時、2人は結婚するのではないかとも思うようになっていた。それまで待つのもいいのかもしれないと、思い始めてもいたのだ。