投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

やわらかい光の中で
【大人 恋愛小説】

やわらかい光の中での最初へ やわらかい光の中で 3 やわらかい光の中で 5 やわらかい光の中での最後へ

やわらかい光の中で-4

 彼は運動部の弱い彼女達の高校では珍しく、インターハイに名前を連ねるサッカー部との兼部で、写真部の活動を盛り立てるような人物ではなかった。普段、全く活動をしていない写真部だったが、学期末や文化祭、体育祭の後には打ち上げと称して集まっていた。それが写真部唯一の活動でもあったのだが、その席でも辻元が幹事やその場を仕切る役目を任されているのを、裕美は見たことがない。
 今でも年に1度くらいのペースで飲み会があるのだが、現在に至ってもそういう席を取り仕切る気など全く持ち合わせていないというタイプの人間だ。
 後輩の彼女が言うべきではないのかもしれないが、辻元はいい意味でも悪い意味でも、非常にマイペースで、とても部長にふさわしいとは思えない人物だった。

 それでも、彼が部長に選ばれたのには、それなりに理由がある。

 彼女達の高校では、年に1度文化祭が催される。その文化祭では、各文化部の日頃の活動の成果を発表することが、義務付けられていた。年間通して、打ち上げ以外の活動を全くしていない写真部にも、当然のことながら、他部平等にその発表を強要されていたので、彼らは毎年写真展を開くことにしていた。
 それに伴い最低限の写真が必要なのだが、その出展は、新入生の任となっていた。しかし、この辻元は、毎年欠かさず出展していたのだ。裕美の知る限り、1年生以外で写真を出していたのは、彼しかいない。

 彼は単純に、写真を撮るのが好きだったようだ。

 2人が話すようになったのは、彼女が1年生の時に出展した作品を、彼が誉めてくれたからだ。

 体裁を整えただけの写真展とはいえ、人に見せるための写真を撮ったのは、彼女にとって初めての経験だった。自分の家の庭を撮っただけの写真だったが、彼女は、なんとなくその写真を気に入っていた。早朝と日中、夕方とそれぞれ天気のいい日や曇りの日、雨の日など自分なりに光の具合を確認しながら、最も気に入った曇りの日の夕方の写真を選んだ。

 その日の空は厚い雲に覆われ、その雲間から黄金に輝く激しい夕日を感じるような空だった。
 その強い輝きが雲の向こう側から、地上にその光を届けんとしているかのように、分厚い雲を輝かせていた。
 そして、力強い夕日に照らされた厚い雲は、その輝きを幻想的なセピア色に換えて辺りを包み込んでいた。

 彼女は、庭の奥にある一株の紫陽花にピントを合わせて写真を撮った。

 花の時季が終わり、青々とした夏の葉を広げていた紫陽花は、彼女の庭の奥で忘れかけられた存在となっていた。しかし、なぜだかその時、そのセピア色の空間の中で、その紫陽花だけがやけに色鮮やかに彼女の目に映ったのだ。

 3枚撮った写真の中で、少しだけピントのずれた1枚になんとなく心を魅かれ、それを出展した。

 裕美は、その写真が他の写真と並んで展示されている様を見ておきたいと思い、文化祭中、時間を見繕って、写真部のブースに足を運んだ。
 そして彼女が自分の作品を遠巻きに見つけると、その前にじっとそれを見つめている男子生徒がいたのだ。

 長身で骨ばった体に、サッカー少年特有の湾曲した脚がとって付けたように長く伸びていて、なんとなくアンバランスに見えた。
 その男子生徒は、片足重心で首を傾げるように少し右斜め下から、裕美の写真を見上げていた。

 裕美は彼の後ろから、覗き見るように自分の作品を眺めていた。
 我ながらいい写真だと、自画自賛していたのだ。
 すると、目の前の男子生徒は振り向きもせず、こう言った。
「これ、撮ったの?」
 彼女がコクリと小さく頷くと、少年は
「…ふぅん。いい写真だね。」
 と言い、笑顔で振り返り部屋の隅にある写真を指差て
「あれがオレの。」
 と、言ってその場を立ち去った。

 その男子生徒が、辻元だったのだ。

 それから辻元は打ち上げなどの席で、裕美を見つけると、必ず写真を撮っているか声をかけてきた。
 初めのうちは彼の事を訝しく思っていたが、気がついたら、彼の独特の雰囲気を彼女も好意的に感じるようになっていた。

 今でも写真部の飲み会の席で、なんとなく辻元とは顔を合わせていたが、学年が違うこともあり、たまたま席が近くになれば話す程度で、積極的に話し込むこともなかった。だからお互いにどんな仕事をしているのかなど、全く知らなかったのだ。


やわらかい光の中での最初へ やわらかい光の中で 3 やわらかい光の中で 5 やわらかい光の中での最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前