やわらかい光の中で-31
その後、就職活動で2社から内定をもらったが、今の会社のアメリカ本部の名前の中に「サンディエゴ」という文字を発見し、迷わず、彼はこの会社を選んだ。
実は今回のアメリカ本社の噂を聞いた時、もしその話が本当ならば、どうにかして自分が推薦されないだろうかと思案していた。
もし何か募集が出たら、応募しようとも密かに思っていたのだ。
アメリカ本社の一大プロジェクトともなれば、おそらく、総本社のあるロスに本部がおかれることになる。技術的な本部はサンディエゴだろう。そして、企画の彼がその任に就ける事になれば、サンディエゴとロスの行き来は免れない。
ロスの本社は市街から少し離れた場所にあるが、波乗りのポイントからは近い。
彼は、既にそのことを調べ知っていた。
ロスからサンディエゴまではフリーウェイを飛ばせば数時間だ。毎日とまではいかなくても、毎週末のサーフィン三昧は確保されたも同然だ。
いつかアメリカの総本社か、サンディエゴ本部で働きたいと、彼は入社当時からずっと思っていた。
それはサーフィンが目的でもあったが、彼の会社の中でアメリカ行きは、1番の出世コースでもあった。
そのために5年前から英会話にも通っていた。
TOEICのスコアも2年前に800点を超えた。
それは会社側も承知しているはずだった。
彼の会社は外資ということもあり、TOEIC試験を受けることを推奨している。だから、試験を受けると補助金が出るのだ。勿論、結果によっては、大した額ではないが特別ボーナスも出る。
彼も何度かその試験を受けていて、その都度、結果を会社に報告していた。
しかし大手の外資系の会社である彼の会社には、帰国子女や、留学経験者も少なくない。中には、アメリカの大学院を卒業し、博士号を修得している者もいた。同期の中にもアメリカの院卒の社員が何人かいる。ネイティティブもしくは、ネイティブ並みに、英語が話せる社員は、大勢いるのだ。
そういう輩と英語で対決する気は、いっさいなかった。だから実務でも評価されるべく、入社当時から精進してきた。それなりに評価されている自負はあった。
しかし海外勤務となると大きな問題点が、1つだけ慎治にはある。
それは、彼が独身であるということだ。
日本本社において、海外勤務になる社員は、妻帯者ないしは、婚約者があるもの、という暗黙の了解があったのだ。
海外勤務となると、短くても3年、長ければ10年近く日本を離れることになる。現地で知り合った女性を妻にしてしまうと、日本に帰ってこなくなる社員が増えるのではないかというのがその理由の1つらしい。
しかしはっきりした取り決めがそこにあるわけではなかったので、その理由も至って曖昧で、それが事実なのかどうかさえ明らかではなかった。
ただし、独身の社員が海外勤務になった前例がないというのは、紛れもない事実だった。
だからもしこの噂話が本当だとしても、今の自分に声がかかる可能性は、至って低いだろうと思っていた。
仕事でのそれなりの実績はあるにしても、結婚する自分がどうしても想像できなかったのだ。