やわらかい光の中で-29
彼女は3杯目のワインを飲み干すと、またワインを注ぎ足した。
その時、キャンドルの柔らかく揺れる明かりに照らされて、夕日のポラロイド写真が目に入った。
一瞬、この写真をくれた彼は、今どうしているのだろうかと思ったが、生暖かい風と共に鼻をかすめていった、微かに残ったアロマキャンドルの香りに、その言葉はかき消された。
当時、彼を好きだったように、今、慎治のことを好きかといわれれば、正直、その自信はない。
なぜ、慎治との結婚を決めたのか、それもまだ良くわからない。
でも慎治のことも「好きだ」とはっきり言うことはできる。
その「好き」に無意味に優劣を付けるつもりはなかった。
慎治のことは残念ながら、まだ良く知らない。
しかし10年付き合っていたとしても、相手のことをどれだけ理解できるのだろうか。
どんなに分かり合えたとしても、夫婦とは所詮他人だ。
親子と違い、結局は紙切れ1枚の家族なのだ。
しかしながら、裕美はその紙切れ一枚にとてつもなく深い意味があるようにも思えていた。
他人と生活することの意味、他人と家族を作っていくことの意味、彼女には、まだその意味の深さは全くわかってはいなかった。
それでも漠然と感じてはいた。
「大切なのは、その相手と共に暮らしていく心積もりができるかどうかなのではないだろうか」と。
この先、慎治と暮らしていくことが、必ずしも裕美にとって幸せに繋がるとは限らない。
もしかしたら、これは危ない橋なのかもしれない。
それでも彼女は、この前に出した一歩を引っ込めるつもりはなかった。
そして、自分がそう決めた事にも、その相手に慎治を選んだことにも、不思議と全く不安を感じていなかったのだ。
生温い風がじんわりと裕美の鼻先をかすめて通り過ぎた。その風に誘われるように夜空を見上げ、南の空に高く上がった月にワイングラスを照らし、この自分の決断を体に取り込むように、注いだワインを一気に飲み干した。