やわらかい光の中で-28
彼は3人兄弟の3男坊だった。
長男は東京にある商社で働いていて、次男は東南アジアで橋を造っているとのことだ。
慎治はアメリカに本社を持つソフト会社で、企画の仕事をしているらしかった。
運がよければ、来年の春辺りからアメリカに転勤になるかもしれないとも言っていたが、その人員の選定は、始まって間もないということだったので、この件に関しては、あまり期待するのは、止めることにした。
アメリカで暮らそうが、日本で暮らそうが、今の彼女にはあまり関係のないことのようにも思えたのだ。
何も知らなかった彼のことが少しずつわかってきた。
順不同なパーツを1つずつ埋めて、パズルでも作っているようで、裕美は人知れずそれを楽しんでいた。
今日は午後半休をとって、1人で式場廻りをした。
といっても、先月から毎週末何かと忙しかったので、ちょっと休みたかっただけだ。
だから、式場は1つしか行っていない。
来週には、慎治が2人の新居に引っ越すことになっている。彼も彼女もちょうど、賃貸マンションの契約更新の時期だったので、ちょっと早いが、少し広めの部屋を新しく借りることにした。
裕美は、9月にそこに移り住む。
会社は、来月早々にも退社を告げ、10月末に辞めようと思っている。
仲の良い同期の何人かと、友人にそれを告げた。そして誰もがこの急な結婚と仕事を辞めるという話を聞いて驚いた。
結婚しても仕事は辞めないと思っていたらしい。
式は両家の意見を取り入れて、年明けの2月中にすることにした。式場も寒い、その時期の方が、空いているだろうということだった。
裕美の両親は、結婚して会社を辞めるという娘を見て、安心したようだ。
この子は、ずっと独りで仕事をしていくタイプだと決め付けていたらしい。
安心する両親を見て、彼女も嬉しかった。
結婚へ向けて、色々なことが次々にやってきては、それが事務的にこなされていく。
人生において、「結婚」という自分で選んだ新しい家族を持つイベントとは、こんなものかと彼女は思っていた。
結婚を決めてから式を挙げるまでの間に、別れるカップルは少なくないというが、裕美達には全く関係のない話だった。
時間がないというのもあるが、お互いに相手のことをまだ良く知らないのである。
何かで意見が対立することがあっても「そういう考え方の人なんだ」と認識し、誠実に話し合いで決めることができた。
お互いにぶつかることを避けているのかもしれないが、少なくとも、彼女は今までのやり取りで、そこまで我慢したこともなかった。
そもそも「結婚」という目的がそこにあり始まった関係だ。
そのイベントを2人で乗り切る事が今の彼女達に課せられた業務だ。大きな問題を起こさず、業務を遂行することはサラリーマンの彼女にとって容易いことだった。
慎治に今日見てきた式場の話を簡単に済ませて、すぐにその電話を切った。
今日はいつも飲む缶ビールではなく、珍しくスパークリングワインを飲んでいる。いつものスーパーで酒を買おうとした時、なんとなく、そんな気分になったのだ。
テレビも部屋の明かりも消し、足元にアロマキャンドルを置いて、高く上がった蒼い月を見ていた。
そのキャンドルは、以前出席した結婚式の2次会でもらったものだ。
何年前の、誰の結婚式だかも忘れられたそのアロマキャンドルは、既にただの蝋燭と化していた。
この蝋燭を本人達は、どんな想いで選んだのだろうか、もうすぐ、自分もこういう備品を選ぶ時がやってくる。
その時、自分はこれらのモノをどんな気持ちで選んでいくのだろうかと、ぼんやりと思った。