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やわらかい光の中で
【大人 恋愛小説】

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やわらかい光の中で-23



「さっき言ってたさぁ…軽井沢の月の所、今度連れてってよ。見てみたいなぁ…蒼く輝く綺麗な月…。」
頭上の桜を見たまま、能天気な調子で慎治が言った。
「そうだね。今度一緒に行こう。」
 彼の能天気さを心地良く思いながら、呟くように答えた。

 そして、向こう岸の明かりをぼんやり見つめたまま、昔よくチェックしていた月のサイトを思い出していた。
 そのサイトでは月の出る時間と日の入りの時間が調べられる。
 月は出始めと沈みかけが、一番大きく美しく輝くと彼女は思っている。更に、黄昏時より少し早目の時間に上り始める月が、彼女は好きだった。

 彼を軽井沢に連れて行く日は、そのサイトと天気予報を確認しておいた方がいいなと、彼女は漠然と思った。

 そして自分の興味も2人の話も、すんなり変わったことに安堵したが、同時に彼の口からサーフィン以外の誘いの言葉が出てきたことに驚いた。
 驚きながらも、なんとなく嬉しくなり、微笑が浮かんだ。彼女のその表情の変化に、彼が敏感に反応し、何か答えを求めるように、彼女の顔を覗き込んできた。

 その視線を避けるように彼女は俯き、必死にその表情を隠そうとした。

 頬が赤らんでいくのを感じた。

 慎治の体が裕美に影をつくり、先ほどまで彼女を包み込んでいた、柔らかいオレンジ色の光が目の前から消えた。
 視界の隅で、微かに温かく輝く光を彼女は目だけで追い求めた。

 先ほどまで彼女を包んでいた輝きをとても遠くに感じていた。



「…裕美ちゃん…オレと結婚してみない?」



 暫く裕美の顔を覗き込んでいた慎治が、唐突に、しかし、この上ない程に穏やかに囁いた。

 彼の言葉の意味が咄嗟に理解できなかった。

 いや、理解しようとしていなかったのだろう。

 赤らんでいく顔を抑えることができなかった。
 抑えようと必死になると、更に頬が熱くなった。
 外灯が、遠く霞んでいく気がした。

 慎治は裕美を見つめたままだった。

 ふと、彼の言葉が裕美の脳に到達した。

 彼の言葉の意味を理解した時、彼女の体はなぜか硬直し、目だけは水を得た魚のように泳ぎまくった。

 熱くなった頬は一気に冷め、彼の言葉が頭の中で何度も繰り返された。

 外灯は、遠く霞んで見えなくなった。



「セックスもしたこともない女性にプロポーズしようなんて、オレもどうかしてるよね。」



 慎治はゆっくりとその体をベンチの背もたれに戻し、どこか遠くを見つめながら自分に話すように言った。

 そしてそのまま、その口は閉ざされた。


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