やわらかい光の中で-19
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車の外は静まり返っていた。
夕暮れ時ともなると、さすがに少し肌寒さを感じた。
墓地のそばということもあるのか、辺りには民家らしき建物は目に入らなかったが、その物寂しさと静けさが、更に辺りの空気を冷たくしているようにも感じた。
車を停めたところから、遊歩道までは下りられるように小さな階段が付いていた。
半そでのTシャツの上に、無造作に色鮮やかな黄緑色のダウンジャケットを羽織った慎治の後ろに、裕美は無言でついていった。
階段のところで止まった彼の横に彼女も足を止め、目下に視線を移した。
そこはまるで違う世界が存在しているかのような、幻想的な光景が広がっていた。
静まり返った幹線道路の脇から一望できる桜並木は、薄暗く、周囲の景色に同化しきれずにいる桜だけが、浮いて見えた。
それは、小さな川の流れに沿ってずっと奥の方まで、その淡いピンク色の道を造っていた。
窪地で日中あまり日が当たらない川縁の為か、その頭に少し葉が見えているだけで、ほぼ満開の状態で咲いているようだった。
桜の花の淡いピンクは、闇に包まれていく周りに逆らうかのように、辺りの僅かな光を捉えて、その花びらを白に近いピンク色に輝かせていた。
その花の下からライトが薄っすら当っていて、微かに薄オレンジ色の光が透けて見えたが、満開の花びらは、その光が天まで届こうとするのを阻むかのように、可能な限り広がり合いながら咲いていた。
夕日に照らされている道路と対照的に、薄暗い階下の並木道の桜は外灯がなければ現実の世界だと認識できないように裕美には思えた。
まるで雪が積もった夜の道を歩いている時に感じるような非現実的な世界がそこにはあったのだ。
そんな桜達を現実のものとするために、外灯は懸命に光を放っているようにも思えた。
「ライト、点いてたね。」
そう言うと、慎治はゆっくり階段を下り始めた。
裕美は振り返り、現実をその目に焼き付けるかのように夕日に照らされた道路を見つめなおしてから、彼の後に続いた。
階段を下りると、今、自分が現実の世界に存在しないのではないかと思う程、美しい光に包まれた。
裕美の腰ほどの高さにある外灯が、その頭上の花びらを照らし、花びらはその薄オレンジ色のライトを柔らかく反射していた。
川は並木道の更に下にあり、フェンスで区切られていて、降りられないようになっている。
そのフェンス際に桜がきれいに並べて植えてあり、川と遊歩道を覆いつくすように、花が咲いていた。
上から見た時、薄暗く思えた桜並木の中は花びらが反射する穏やかな光に包み込まれていて、儚く幻想的な空間をそこに創っていた。
彼女はぼんやりと、その花びら1枚1枚を見るように、ゆっくりと歩いた。
ふと、向こう岸に目をやると、同じように桜並木が続いていた。
こちらと同様に優しく輝いた向こう側の世界は、もともとはこちら側と繋がった1つの広大な空間だった事を想像させた。しかしその間にあるブラックホールにも似た小川が、その1つだった空間を強引に2分してしまったかのような妄想を掻き立てた。
裕美は向こう岸の儚い光を眺めながら、もう2度と交わることのない別の世界を覗き見ているような気持ちになり、この2つの世界を阻むブラックホールを疎ましく思った。
しかし、その存在はどうすることもできない、何か大きな力のようにも感じた。