やわらかい光の中で-18
幼い頃、「月がとっても蒼いから遠回りして帰ろう」という歌の歌詞を聴いて、彼女は不自然に感じていたのを覚えている。
幼い彼女には、月はいつ見ても黄色く輝いていて、とても蒼く輝いているようには見えなかったからだ。
それだけではなく「輝く」という描写に「アオ」という色は、彼女には理解できなかった。
しかし、その時のその月は、確実に蒼く輝いていた。
彼女は本能的にそう感じたのだ。
確かに、絵の具でその月を描くとしたら、彼女は黄色い絵の具を選んだのかもしれない。
それでも確かに、その月は蒼く輝いていた。彼女の心は、その蒼い輝きを確かに捉えたのだ。
「あそこにオオカミでもいたら、最高だね。」
と、月の輝きを得て、キラキラ輝く岩山の上を指差し、当時、2人は笑い合った。
それ以来、そこは彼女の好きな月スポットになった。
「月…好きなの?」
時計は5時半を過ぎていたが、慎治は続けた。
「好き。…夏の終わりの満月の夜とかは、早めに帰って、テレビもつけないで月を見ながら冷酒を飲んだりするよ。」
「へぇ…独りで家で飲んだりするんだ。」
納得するように、小さく彼が言った。何を納得しているのか気になったが、あえて聞かない事にした。
「…今更だけど…彼氏はいないんだよね?」
彼がなぜだが聞きづらそうに質問したので、今更…と思いながら、彼女は優しく頷いた。
「なんとなく…確認しておこうって思っただけ…。」
彼が無邪気に微笑んだ。
「もう一服したら、行こうか。」
裕美の目を見ながら、彼が言った。
彼女は彼の視線を横目に桜を見ながら、優しく頷いた。
◇
時計はそろそろ6時になろうとしていた。
辺りは大分薄暗くなってきたが、後方からは、オレンジ色の光が優しく差し込んでいた。
その光につられて後ろに向きかえると、西の空がオレンジ色に染められているのが見えた。
明日は布団を干せそうだなと、再び生活染みたことを考えながら、裕美はその空を見ていた。
「今日は夕日がキレイそうだね。」
バックミラー越しに、西の空を見ている慎治が言った。
彼は実際にオレンジ色に輝く太陽を想像しながら言っているのだろうと思い、生活観に侵されている自分の発想を疎ましく思った。
そしてそれを彼に悟られまいとして、自分でも驚くほどかわいらしい声で「そうだね」と答えたが、そんな声がでた自分が偉く恥ずかしくなった。
車内にはアコースティックギターのメローな音楽が流れていた。
その優しいメロディーとボーカルの乾いた声が、今日のこの夕日にやけに溶け込んでいて、彼女は人知れず幸せな気持ちになっていた。