やわらかい光の中で-17
「けっこう、自然を見たりするの好きなんだ。太陽とか、光の加減とかで大きく変わったりするじゃん…そういうの…。なんか、一期一会って感じがして、好きなんだ…。」
恥ずかしそうに俯きながら、彼が小さく言った。
「…なんかわかる…。1日中同じ所にいても、同じ景色ってないよね。」
「同じ季節の同じ時間にいても、やっぱり少し違う気がするよね。」
2人は顔を合わせず、互いに微笑んだ。
彼女がそう感じただけなのかもしれないが、2人とも微笑んでいることを、裕美は確信していた。
そして、慎治がいつもの彼に戻ったように思えた。
「裕美ちゃんも、なんか…そういう場所あるの?」
ゆっくりと、彼の視線が裕美を捕らえるのを彼女は感じた。
「…ぅうん…ある…のかなぁ…。四季折々っていうのとは違うけど、生まれて初めて、月って蒼く輝くんだって感じたところはある。」
なんとなく恥ずかしくなり、少し俯いた。
「へえ…どこ?」
彼は裕美の方を向いたまま聞いた。
「軽井沢。」
◇
学生の頃付き合っていた彼は、スノーボーダーだった。
毎年11月のオープンには、どこかのゲレンデに連れて行かれたが、人口降雪機のあるゲレンデでもオープンできない程暖かかったある年、軽井沢のゲレンデが1コースだけオープンしていた。
おそらく、氷を砕いただけの人口雪だから、室内のゲレンデと変わらないのではないかと思ったが、彼がどうしても野外で滑りたいと言うので、渋々ながら、付き合ったことがある。
そしてその帰りに通った道で、忘れることができない程、美しい月景色を目の当たりにしたのだ。
薄明るいブルーの空だった。
昼間の鮮やかな空色でもなく、夕日のオレンジ色や優しい黄色が混ざったブルーでもなかった。
夜の藍色に近いブルーと、グレーに近いブルーとが目で確認できるギリギリの薄さまで何か透明な液体で薄められ、丁寧に均等に混ぜ合わされたような透明度の高い、薄明るいブルーの空だった。
2人の車は岩山に囲まれた峠を下っていた。
遠くに見える岩山の頭には、緑の草とススキが生えていたような気がするが、既におぼろげである。とにかく、まだ遠くの草の色を確認できるほどの明るさは保たれていた。
車が山道の急なカーブをゆっくり曲がると、目前にその月は現れた。
岩山のすぐ上に、山よりも近いところにあるような大きな月が煌々と輝いていた。
優しく嫋(タヲ)やかに膨らんだ月ではあったが、満月ではなかった。
少し欠けた歪(イビツ)な円を描いたその大きな月は、温かみのあるオレンジ色の輝きの中に、限りなく透明に近い冷たい光を湛えていた。
なんとも言えない美しさを放っていたその月は、空の一部として溶け込むことができず、まるで作り物のように不自然に浮かんで見えた。
2人は言葉を失い、彼は何も言わずに車を止め、暫く2人はその月を無言で見守った。
どのくらいの時間が過ぎたのかは覚えていないが、空がその色を少し薄暗いブルーに変えた頃、月はその輝きを蒼く変化させた。