やわらかい光の中で-15
「あの橋見える?…あそこの脇にキレイな桜並木があるんだ。」
彼は小さな橋を指差しながら言った。
「この横のが繋がってるの?これ公園?」
おもむろに左側の桜を指差しながら、彼女が聞いた。
「あぁ…これは墓地。この墓地、広いからずっと奥の方まで繋がってるんだけど、これじゃなくて、こっちの川が向こうまで繋がってて、その両脇に遊歩道があるんだ。
そこが桜並木になってるの。」
慎治は右や左を指差しながら、裕美に説明した。
「ここ墓地だから、この時間になると人気が本当になくなるんだよね。でもそこの遊歩道の脇にあるライトが点くと…上から照らすライトじゃなくて腰くらいの高さが光るライトなんだけど、それが川の脇に立てられててさ…桜がライトアップされてるみたいでキレイなんだよ。
もうそろそろ明かりが点く頃だと思うんだけどなぁ、まだ早いかな?」
慎治は時計に目をやった。
裕美もCDプレーヤーのデジタル表示を確認した。既に5時を過ぎていた。
「もうすぐ日は落ちるんじゃないかなぁ?
でも日、伸びたよね。冬だったらこの時間だともう暗かったもんね。
もう夏だね。」
「…エンドレスサマーだね。」
微笑みながら慎治が適当に言った。
そんな彼の顔を意味有り気に覗き込んだが、彼は無反応だった。
◇
橋の手前に車を停めておけそうなスペースがあり、彼は慣れた手付きでそこに車を停めた。
「とりあえず、一服してから行こっか。」
エンジンを付けたまま、窓を全開にして慎治が言った。
「いいよ。」
起きかけた体を元に戻し、裕美が答えた。
外に出てから吸えばいいのにと思ったが、彼に従うことにした。
助手席から遊歩道は見えなかったが、桜の木の頭は少し見えた。
若干葉桜気味ではあるが、まだ美しいピンク色を保っているように思えた。
「まだキレイに咲いてそうだね。」
「うん。」
「そこから遊歩道、見えるの?」
「いや…見えない…。もう少し暗くならないかなぁ…。」
慎治が時計に目をやりながら呟いた。
裕美は車の中で煙草を吸ってから、出ようと言った慎治の気持ちを察した。
彼はライトアップされたその桜を彼女に見せたかったのだ。
もちろん、自分がそれを見たいという気持ちも強いのだろうが、人に自分の好きな場所や店を紹介する時、誰しも、その相手にもそこを気に入ってもらいたいと望むものだ。
特に自然を相手に自分の好きな風景などを人に見せる場合は、そのベストな時間を選んでその場所につれて行き、自分が最も美しいと思っているそこの風景を見せたいものである。
自分にもそういう気質があるが、彼もそうなのだと思った。
そして、先程から彼が気にしていたのは、今日の日の入りの時間だったのかもしれないと思った。それで心ここに在らずになるというのは、少し行き過ぎている気もしたが、なんとなくそこに結論付けて、彼女は納得した。
そしてそんな彼を至極愛しく思い、自然に笑みがこぼれた。
「さっきよりは暗くなってきたけどね。」
優しい声で裕美が言うと「…ね。」と同意するように慎治が続いた。
慎治がいつもよりゆっくり煙草を吸っているような気がして、彼女は思わず優しい眼差しでその指先を見つめた。
無論、彼はその視線にも全く気付かない。