胡桃の殻を割るように-1
それはまるで胡桃のような――そんな気がした。
胡桃のように甘い大きなラインの瞳の眦。
すうっと流れるように通った高い鼻筋に、優しくあがった唇。
淡い花びらの色をしたそこから出る声は低くも高くもなく耳に心地いい。
ミルクみたいな甘い色の肌と同じ、髪もミルクを落としたように柔らかい甘い色。
甘い、甘い柔らかな風貌の人。
恋を姿にしたような甘い風貌の人。
翔はそんな風だったから、慣れちゃったつもりでいたんだ。
私を通して翔に渡るたくさんの愛を精一杯に綴ったラヴレター。
勇気を振り絞った告白の呼び出し。
どれもこれも精一杯可愛らしく愛らしく、翔に好かれたいためだけにあったから。
(私も翔が好きなんだよ)
その言葉は私の心の奥の奥の底にがんじがらめに頑丈な鎖を巻き付けて、歳月で幾重にも殻を作って、大事に、大事に…見ないフリをして隠した。
まるで翔の瞳に似た硬く頑丈な殻で覆われた胡桃みたいな私のホント。
それは、いつだってみないフリ。
そんなときばかりは翔の隣に並ぶには、ありきたりな十人並みの容姿が少し悲しくて、ホッとした。
誰も、私が翔に釣り合うわけない。
ただの幼なじみの女の子だ、って思ってくれるから。
期待しないですむ。
だから私に対しても牽制を込めて渡されるラヴレターも、呼び出しにも、心痛んだりしなくてすんだ。
私はもう翔に自分から一線を引いて半ば憧れるよう自分には遠い出来事のようにみてたから。
「翔、あの、これ…、今日の分」
きちんと束ねたラヴレターや呼び出した女の子の名前を書いた紙を渡すと翔は困ったように笑った。
「律儀だね、アズは」
……イチオー、自己防衛のためだから…ね、なんて言えなかった。
「翔ほどじゃ、ないよ。……あとアズじゃなくて杏。私の名前。みんな杏って呼んでくれるのに……翔だけだよ。その、変なの」
そう言いながらため息を吐いて見せるけど、嫌なわけなかった。