胡桃の殻を割るように-2
だって私だけ、私だけ。
真面目で律儀な翔が名前を崩して呼ぶのは。
アズって呼ばれる度、胸の奥がじゅわって痺れて甘酸っぱい気持ちが流れ出す。
その甘酸っぱいので押し込めた気持ちにかけた鎖がだんだん錆びちゃうんじゃないかって…くらい、それは甘く胸を溶かすんだ。
でも、そんなの錯覚。
私の気持ちが勘違いする前に翔から離れたい。
あまり翔のところにいると、女の子たちの視線が痛いから、言ってすぐ手を振って自分の教室に戻った。
私に刺さる視線が痛いのは、きっと私と翔を見るその子が、翔を好きだから。
ならずっと離れてしまえばいいって思うかもしれない、でもそんなことしたら遠くから翔をみる視線に私まで気持ちが染み込んじゃいそうで一日で諦めた。
幼馴染みのポジションを曖昧に保っている。
きっぱりと離れることも堂々と傍にいることもできない。
胸を締め付けながら溶かしてくる、本当。
恋みたいに甘いだけじゃない、やっかいな人を好きになった。
………とか思う時点で私はめちゃくちゃ翔が好きだけど。
やっぱり見ないフリ。
だって長いこと見ないフリをし続けたソレはそう簡単には抜けない。
傷つきたくなくて、この場所を手放したくなくて、それだけのために私はみっともなくこの気持ちに見ないフリを続けるしかない。
かなわない恋をするしかない。
私はこの胡桃を、持て余してる。
でも私にはあの、翔が真っ先に駆けつけてくれた、幼い思い出があるだけで、私は充分他の子より恵まれてるんだから。
そう言い聞かせて疼く胡桃をなだめてる。
小学校の遠足だった。
皆が山に登るなか、ぼんやりしていた私は足の痛みにだけ気をとられて、皆の列からはぐれてしまった。
心細くて怖くて、このまま一人で山の中で見つからず死んじゃうんじゃないかって、本当に怖かった。
時間も経って、天気も悪くなってきて、暗くなる道の中、それでも私は皆に追いつこうと必死で歩いた。
雨がざあざあ降るたび、水を吸った服が重たくて気持ち悪くて、冷える体は頑なに重たくてそれでも足を止められなかった。
足を止めたら、もう皆のもとに戻れない気がして…。
怖くて、さみしくて、怖くて、寒くて……
そんなとき鳴り響いた雷に、足が止まった。