「鬼と姫君」終章-3
「夢のよう―」
姫は顔を上げて鬼灯丸をみつめると、はっとした。
それは確かに鬼灯丸だったが、あの銀色に輝く髪の毛や光を受けると紅色にもみえた瞳も姫と同じ夜の闇を濃くしたような黒色に変化していた。
そして何より、額で空を向いて伸びていた二本の角、鬼灯丸を鬼灯丸たらしめていたあの角が跡形もなく消え去っていた。
狩衣を着て、そうやって立っている様はどこからどう見ても人の姿だった。
「来世など待てなかった」
鬼灯丸は、抱き締めた姫の耳元で囁いた。
「逢いたかった」
万感の思いを込めて呟かれた言葉に姫は満たされた。
姫は、空虚だった。
この六年間。
ひっそりと、世を避け、死んだように生きる毎日。
来世で鬼灯丸と再び出会える、そんなことを夢想して―。
それだけを楽しみに生きてきた。
姫は夢ではないことを確かめるために、背伸びして、鬼灯丸の頬にそっと触れた。
鬼灯丸はその手に自分の手を重ねる。
鬼灯丸の黒曜石のような瞳が近付いてきたかと思うとあっという間に、姫の口を塞がれた。
痺れるような感覚がして、姫はまた不意に泣きそうになる。
鬼灯丸の唇はしっとりと温かだった。
ずっとこの幸福を噛み締めていたくて、二人は長い間寄りそっていた。
「姫とならどこへなりと行ける。これから共に生きてくれようか」
あの日言えなかったことを鬼灯丸はやっと口にした。
鬼灯丸は大層自信なさげだったので、姫は首に腕を回して思い切り抱きついた。
勿論、肯定の意味を含めて。
周りの風景が一度に鮮やかになる。
更けゆく秋の風がたっぷりと花をつけた萩を揺らし、二人を包んで駆け抜けた。