「鬼と姫君」終章-2
他愛もないことをつらつらと書き記しているのだが、今日はこの秋の空気のせいだろうか、感傷的な気分になって筆が進まない。
ぼんやりと御簾越しに外をみやれば、はや夕暮れ時は過ぎ、薄闇が広がり始めていた。
部屋の中もゆっくりと暗に転じようとしている。
姫が灯台に火を点そうかと考えたとき、簀を渡る軽い足音が聞こえた。
足音の主は女童だった。
他の尼僧の縁者で今年六つになったばかりの少女が、可愛らしい声で姫に呼びかける。
姫の客人が庭で待っているという。
誰だろう―。
二の姫が退屈凌ぎに遊びに来たのだろうか。
実際そんなことが、何度かあったが、それにしてもこの様な黄昏時とは些か物騒である。
訝しく思いつつも、御簾を上げ、庭先に立つ。
何故だろう。
何かの予感に、胸がざわざわとして落ち着かない。
あの望月の夜を思い出す。
月が出るにはまだ早いが、薄闇の中、薄や女郎花に埋もれるように、立っているのは―。
姫は一歩が踏み出せずにいた。
幻のようで、近付いたら消えてしまいそうで。
―夢だ。
現のはずがないと言い聞かせるが、何故こんなにも切なくなるのだろう。
思い切り名を呼びたい、叫んでしまいたい。
だけど同時に口にするのが怖しい。
姫が躊躇していると、佇んでいた影がゆっくりと近付いてくる。
一歩、また一歩と。
「鬼灯丸―…」
姫は信じられなかった。
晩秋の夕刻に、佳人は立っていた。
あの胸をつくような、微笑を湛えて。
鬼灯丸は腕を伸ばし、姫の手を取ると強く引いて瞬く間に自分の胸の中に導いた。
鬼灯丸の腕の中は温かで、姫の頬を押し付けている胸からは微かに心音が響いている。
それは確かに生きているという証だった。