想-white&black-F-6
「やだな、何で涙なんか……」
「無理するなよ。楓が嫌になったら俺が花音を守るから……。俺の側にいてよ」
何かの聞き間違いかと思ったがより一層強く抱き締められ、顔を胸に押し付けられる。
背に回された腕の力。
ほのかに香るフレグランスの匂い。
風に吹かれて首筋に触れてくる金色の髪。
耳元で囁かれた言葉が胸に刺さり、頭の中が混乱していく。
「あ、麻斗さん、待って……。どういうこと……?」
「俺なら絶対辛い思いはさせない。楓みたいに扱ったりしない。泣かせたりなんかさせないよ」
「わ、私は……」
言葉に詰まってしまう。
何て答えたらいいのか分からない。
急にそんな風に言われて混乱しているそんな中、耳元で今まで聞いたことのない声が響いた。
「やっぱり楓……か」
(え……?)
そう呟いたかと思うと麻斗さんは急に立ち上がり、ただ呆然と抱き締められたままだった私を横抱きに抱え上げた。
「ちょ、麻斗さんっ!?」
「ちょっと黙ってて」
「…………」
麻斗さんの目に先程までの穏やかさはなく、微かに見えていた鋭さが映し出されていた。
それはどこか冷たく、何だか別人のようにすら思え背筋がすうっと寒くなっていった。
私を抱きかかえる腕から逃れようともがいてみるが、見た目以上に力強い腕はびくともしてくれない。
今はただ目の前の麻斗さんが何だか急に恐ろしく思えて仕方がない。
このままどこへ連れて行かれるのか分からないといった不安もそれを増長させていた。
「麻斗さん、お願いです。待って下さい。一体どこへ……っ」
「花音、少し静かにしててって言わなかったか?」
突き放すような冷ややかな声色にビクリと身体を竦ませる。
一体どうしてしまったというのか……。
麻斗さんはずっと私を見ようともしない。
軽々と抱きかかえられ向かった先は何かの小屋のような所だった。
鍵がかかっていないのか扉は簡単に開けられると、中に入りようやく私を降ろしてくれる。
だが麻斗さんはそのまま入り口の扉を無言で閉めて鍵をかけてしまった。