想-white&black-F-5
「花音……」
甘めの低い声が名前を呼び、繋いでいない手の指先がそっと頬に添えられた。
暖かくて爽やかで心地よい、桜の匂いがする春の風が通り過ぎる。
近づいてくる顔に私は思わずぎゅっと目を瞑っていた。
このままキスをされるかもしれない、と覚悟していたしていた私のおでこに柔らかい感触が優しく触れる。
驚いて目を開けると、そこにはいつもと変わらない優しい笑顔を浮かべている麻斗さんがいた。
「そんな不安そうな顔してたらさすがにできないし」
「え?」
麻斗さんの言葉に首を傾げる。
「俺とするのは嫌?」
ふと表情が変わる。
いつもの軽い調子じゃなく、それは真剣な眼差しだった。
「楓とじゃないとしたくない?」
「そっ……、んなことは……」
恐らく麻斗さんは知っているのだろう。
私と楓さんがどんな関係なのかを。
身体を差し出す代わりに生活させてもらっていると思われただろうか。
―――事実には違いないのかもしれないが……。
私はいたたまれなくなりその場を離れたかったが、繋がれた手は離してくれそうにない。
「俺が花音を気にしてるのはマジだよ。親が死んで、いきなり知らねえヤツの家に引き取られて挙げ句の果てには学校も変わって。その環境に馴染もうと頑張ってる姿見て、つい目で追うようになってた」
「麻斗さん……」
「花音が強い女だっつーのは分かるよ。でもずっとそんな調子じゃいつかダメになるぜ。たまには息抜きしろよ。お前、疲れた顔してる」
そう言って麻斗さんは辛そうな顔をすると、ふわりと私を抱き寄せていた。
麻斗さんの広い胸は温かく、彼の付けているフレグランスの匂いに包まれて思わず心が揺れそうになってしまった。。
「やだ、そんなこと……。私……」
"平気です"って言おうとしたがどうしてもその言葉が口にできなかった。
いつの間にか涙が頬を伝う感触に気付いたから。