想-white&black-F-10
(どうしてそんな目で私を見るの?)
「そ、それは……、分かりません。あの時は楓さんが助けてくれたからで……」
どんどん距離を縮めてくる麻斗さんから逃げるように後ろへと下がっていくが、それはすぐに背に当たった壁に阻まれてしまった。
私の顔の横に両手をついて更に逃げ場を塞がれる。
ぐっと顔を寄せられ、吐息すら感じられそうな距離に息を呑む。
「楓のことが好きになった?」
突然囁かれた言葉に目を瞠った。
驚愕のあまり一瞬止まったかと思った心臓の鼓動が速さを増していく。
「い、いきなり何を……」
「好きにならない方が花音のためだと思うぜ。同じ時間を過ごせば過ごすほど辛くなる。あいつはいつかは別の女と一緒になるんだよ」
「私は別に楓さんのことはそんな風に思ってないです」
「ならどうしてそんな顔をしてるの?」
伸ばされた指先が目元に触れる。
そのまますっと頬を撫でられくすぐったさに肩を竦めた。
「今にも泣きそうだ」
「な……っ」
耳元に寄せられた唇が微かに触れ、熱い吐息がはっきりと感じられかあっと頬が熱くなっていく。
薄暗い室内でなければ赤く染まった顔はバレバレだったに違いない。
「花音が傷つくのを見ていたくない。俺は楓のことをよく知っているからこそこの先が分かるんだけど、ね」
これ以上側に来られたら私の心臓がもたなくなりそうだ。
何とか離れようと身を捩るが逆に両手首を掴まれ、壁に押し付けられるように縫い止められてしまう。
「ど、どうして私なんかにそんなに構うんですか? 私がどうなったって麻斗さんには……」
「花音が欲しくなったから」
「……っ!?」
はっきりと告げられた言葉に耳を疑った。
(麻斗さんが、私を、欲しくなった……?)
信じられる訳がない。
麻斗さんならどんな女性だって選べるだろうに、何を好き好んで私なんかを欲しがるのか全く分からない。
「何て言えば伝わるんだろう。花音を見てるとさ、俺を惹きつけてくるんだよね」
麻斗さんがぼそぼそと囁くたびに耳に触れる唇と息がくすぐったい。
「わ、私なんか見てたってつまらないでしょう?」
「そんなことねえって。慣れない中で頑張ってる姿とかいじらしいっつーか、何かしてやりたくなるっつーか。つい目で花音のこと探してる」
ようやく耳元から顔が離れる気配がしたかと思うと、今度は頬にそっと口づけられる。
愛おしむような大切なものに触れるようなキス。
楓さんとする時にはないキスだった。
でも掴んだ手はまだ離してくれそうにない。