『滝くんの愛読書』-1
学校帰りのバスの中。先程から出るのは溜息ばかりだ。
(どうしよう…)
今回の中間テストで赤点を取った私は数学の先生に職員室に呼び出され、最終宣告を突き付けられていた。もし期末も赤点だったら…選ばれし者達の試練を受けることに。そしてそれにも落ちたら…
(ううっ…想像したくない!)
どうしても数学ができない。小学生時代の算数から苦手で中学までは何とかしてきたものの、高一で少しさぼったためか気が付くとさっぱり内容がわからなくなっていた。現在の数学の授業はまるで外国語で行われているかのように思える。私はもう一度大きな溜息をつくと、のそのそとカバンを探って数学の教科書を取り出し、気休めに広げてみた。
(単位円って…何?)
sin、cosの意味すらきちんと分かってないのにこんな問題できるわけがない。英数字がぐるぐると頭の中で回り始める…頭が痛くなり諦めて教科書から目をあげると、斜め前に知った顔があった。
(確か隣りのクラスの…滝君…だっけ?)
今回のテストも学年一位だったとか。銀縁のメガネをかけたクールな横顔が車窓から差し込む夕日に照らされて、とても綺麗だった。黒いサラサラの前髪が少しかかった切れ長の彼の目は広げた文庫本に注がれていて、じっと見つめていても全く私に気付かない。
(そんなに一生懸命何を読んでるんだろ?)
車内には私達以外に誰もいなかったので私は好奇心から気付かれないようにそっと滝君の後ろの席に移動して、こっそり本を覗き込んだ。
『…
「だ、だめ…」
友紀子はあまりの快感に全身を震わせた。耳に息を吹き掛けられ、舌を這わされただけで直接秘部を愛撫されるよりも感じてしまったのだった。
「お願い…やめて…」
一応の抵抗は示してみるもそれはあまりに弱々しいものだった。それをいいことに男は更なる愛撫を…』
(えっ…これ…ええっ?)
滝君の読んでいた文庫本の内容はどう考えても真面目なものではなく…。
(で、でもそういう文学作品なのかも…そう!耽美小説とか?)
もう一度私がそっと覗き込んだちょうどその時、滝君がページを捲った。そこには男性にあそこを舐められて身を捩っている女性のイラストが描かれていた。
「ひゃっ!」
それを見て驚いた私は思わず声を上げてしまった。
「わっ!」
私の声に驚いて滝君の肩が目の前でびくんと震えた。ばさりと音を立てて文庫本が滝君の膝の上に落ちる。その衝撃でカバーが外れ、扇情的な表紙と『人妻友紀子』というタイトルが見えてしまった。
「だ、誰?」
ずれた眼鏡を直しながら振り返った滝君が私を見て尋ねる。