秘密の四角関係(7)-1
8月。
蝉時雨が響き渡り、それが余計に暑さを感じさせる。
人工知能によって快適な室温に保たれた悠也の家に、早紀は一人で訪ねていた。
「ホントに行くのか?」
「はいっ! 昨日メールした通りです」
「ん?……」
「あら、お出掛け?」
リビングで言葉を交わす二人に、奥から出てきた美穂が口を挟んだ。
「はいっ。映画を見に行くんですっ」
早紀は嬉しそうに微笑んでいた。
「このクソ暑い中な……」
反対に、悠也は恨めしそうに外を見遣る。
「いいじゃない? たまには」
やれやれといった様子で美穂が彼を宥めた。
「しっかり準備もしてるみたいだし」
「一応なっ」
彼はそう吐き捨てる。
「さ、早くぅ」
彼の腕を引っ張って、早紀は悠也を促した。
「はいはいはい……」
渋々ながら、彼は行くことにしたらしい。
「気を付けてね?」
二人の背中を、美穂は明るく見送った。
そして、やはり一瞬の翳りをみせたのだった。
「あっつ?」
燃え盛る太陽に悠也は項垂れていた。
アスファルトから陽炎が立ち上ぼり、視界の向こうの景色は、蜃気楼のようにユラユラとボヤけている。
「なんか、楽しそうだよな」
にこにこ顔の早紀に、彼は不思議そうに訊いた。
「そう見えますか?」
そう返しつつも、彼女は笑顔を崩さない。
「で、何つー映画だって?」
「『SAIAI』ですローマ字でS、A」
「わかった、わかったから」
と、宙に文字を書く早紀の腕を悠也は辺りを窺いながら掴んだ。