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「鬼と姫君」
【ファンタジー 恋愛小説】

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「鬼と姫君」3章B-1

矢は鬼灯丸の心の臓を僅かに外していたが、致命傷には違いなかった。
しかしながら、鬼灯丸は右馬佐が次の矢をつがえる前に姫をかかえて駆け出した。

右馬佐は尚もその後を追おうとする。
鬼から滴った血の跡が濃い緑の中で確かな色彩を示し、後を追うのは至極簡単だった。

鬼灯丸は刺さった矢を抜くこともせず、走り続けた。
姫は次から次へと溢れ出る鬼灯丸の真っ赤な鮮血をみて半狂乱になった。
白い衣は既に半分が紅く染まっている。
止血せねばと、鬼灯丸に止まってと叫ぶが、当の本人は耳をかさない。

背後から尚も追ってくる気配を感じた、鬼灯丸は手頃な小石を二つほど拾い上げ、そのまま懐に忍ばせた。
やがて駆ける速度を落とし、暫く山中を歩くと背後から犬と右馬佐が現れた。
右馬佐は二人の後を追うことに躍起になり、何故突然鬼灯丸が危険をおして駆ける速度を緩めたのか訝しく思う暇もなかった。

その場所からは微かに水の音がさらさらと聞こえている。
右馬佐が立っている下方から深い谷になっており、そこから幅を狭めてとうとうと川が流れている。


鬼灯丸は持っていた礫にふっと息を吹き掛け、一人と一匹めがけてびゅうと放った。

石は生き物のように一直線に飛んでいき、右馬佐と犬の眉間を捉えた。

ぎゃんという犬の一鳴きと共に、右馬佐は平衡を崩し、すぐ背後の崖の下へ犬諸とも落下した。

鬼灯丸は石を放すと右馬佐の生死を確かめず、再び姫を抱いて駆ける。


月のように蒼白い顔色をした鬼灯丸に、しかし姫は何も出来なかった。

かの人の失われつつある体温を感じながら、放すまいと必死に胸にしがみついていた。


鬼灯丸が漸く足を止めたのは、川の上流だった。

それは二人が水浴びに行った岩屋のほど近くを流れていた川であり、さらに下れば村の集落に行き着いた。
二人の背後には凄まじい水量が遥か下方の滝壺へと垂直に荒々しい音を立て流れていた。

鬼灯丸に深々とささった矢は左の肩胛骨の下辺りを貫いており、そこから夥しい鮮血が溢れている。
最早衣の半分を染め、鬼灯丸の左腕も真紅の血が滴っていた。

姫は自分の衣を引き裂いて鬼灯丸の傷口に近い肩部分をきつく縛るが、溢れ出る血液を止めることは出来なかった。
温かい血とともに鬼灯丸の命の灯火も流れているようで姫は恐ろしくてならない。

そっと姫の頬に触れた、鬼灯丸の指先は驚くほど冷たかった。

「姫…ここからは一人でお逃げなさい」

鬼灯丸の顔は血液が全て抜け出たように蒼白で、荒い息を繰返している。
しかしながら、まだ意識は確かなようで、その証拠に姫をひたと見詰める眼差しは強かった。

姫は鬼灯丸を見返したまま、唇を引き結び、嫌々と首を振る。


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