「鬼と姫君」3章B-4
三日の後、姫はやっとの思いで帰京した。
しかしながら屋敷には寄らず、そのまま件の寺へと赴いた。
その寺は都の北の外れにあり、周囲には木々が繁っていた。
夏の盛りを迎え、黄昏時になっても風が温い空気を運んでいる。
蜩が淋しそうに鳴き、夏の夕暮れを演出している。
寺の外壁は風化し、庇の所々は朽ちていた。
無人ではないが、狐狸などが出てきそうな様相だ。
姫が訪ないを告げると、壮年の僧侶が現れた。
姫は、あの見事な桜木の扇を広げ、鬼灯丸のことを静かに語った。
僧侶は穏やかに耳を傾けていたが、残念ながら扇を鬼灯丸へと授けた僧は既に病で亡くなったという。
姫は、扇の処遇に些か躊躇したが、やはり元あった場所へと返すのが良かろうと、扇を奉納して、寺を辞した。
姫は、とうとう屋敷へは戻らなかった。
先ほどの寺のごく近くにあった尼寺で、髪を落とし、俗世を捨てた。
髪の毛と一緒に、この苦しい胸の内も払うことが出来たら良いのにと姫は思った。